おっと、無意識のうちに小神の名前が口から出ていた。

 もちろん、これはあくまでひとつのたとえ話だけれど、小神は心外そうに眉をひそめた。悪かったわね、小神。

 けれど、小神は何も反論しない。じっとわたしを見守っている。

「松本くんは今、自分が手にしている札束のすべてをどぶに投げ捨てようとしているの。

……いや、松本くんが手にしているのは札束では替えのきかない、もっと価値のあるものね。どれだけ才能のない人たちが足掻いたって、あなたほどの才能は手に入れられないんだよ。一度きりの人生なのに才能を無駄にするなんて、それこそ失敗の人生よ」

 わたしが語りかけるうちに松本くんの目の色が明らかに変わったのを、わたしは見逃さなかった。

 わたしは松本くんの前にかがみこみ、その方に手を置いた。

「それに、松本くんが本当に持っている稀有な才能は野球の技術じゃない。努力を続けることが出来る忍耐力や継続力だよ。才能と努力の両方を持っている松本くんは、絶対に誰にも負けない。それは、わたしの個人的な考えなんかじゃない。あなたを見ている誰もがそう思っている」

 わたしは松本くんの方から手を離し、立ち上がった。松本くんの瞳に、光が差し込んでいるのがはっきりとわかった。

 きっと、もうこれ以上の言葉は何もいらない。

「これがわたしの考えのすべて。それでもなお松本くんがその才能を無駄にするというのなら、わたしは止めない。松本くんが手にしているものは泡となって消えるの。それだけのことなんだから」