「わかっただろ、星野」

 気付いたときには松本くんがわたしの肩を掴んでいた。

「俺にとって野球は道具だ。それ以上のものではないんだ――それ以上にはなれない――」

 ぐにゃり、と松本くんの顔が上下左右に歪んだ。

 わたしの目の前にいる松本くんだけではない。

 ピッチャーの松本くんもキャッチャーの松本くんも……

 九人の松本くん全ての顔が、異形の者のそれとなっていた。

 ぞくり、と全身に鳥肌が立つ。


 本能的な恐怖。


 早くここから逃げ出さないと、と思った直後、グラウンドがピッチャーマウンドを中心に傾き始めるのがわかった。

 まるで蟻地獄のように、ピッチャーのもはや松本くんの顔をせぬ松本くんが、わたしをマウンドで待ち構えていた。

 他の松本くんたちもいつの間にか全員、マウンドに引き寄せられるように集まっていた。

 わたしは無我夢中で走りだす。