(なに、これ……)

 当然、わたしは自分の目を疑った。

 目の調子がおかしくなったのだ、と。

 いや、視界だけではなく音も歪められているから頭がおかしいのかもしれない。

 わたしは目をつぶる。耳をふさぐ。

 痛みはない。

 ただ全てが輪郭を失い、何かに吸い込まれようとしているのだ。

 その渦の中心にあるのは何か?

 わたしにはその答えが直感的に把握できた。

「松本くん!」

 あらゆるものが松本くんに吸い込まれようとしている?

 違う。そうじゃない。

 あらゆるもの、ではなかった。

 ただわたしが彼の中に吸い込まれようとしているのだ。

 風景が歪んで見えているのではない。

 わたしが溶け、歪み、吸い込まれているだけなのだ。

 目を閉じ、耳をふさいでいると、そのことがはっきりとわかった。そのことを自覚してもなお、苦痛はない。恐怖もない。そこはわたしがかつて入り込んだことのある場所なのだから。

 間違いなくわたしは今、松本くんの夢の中に入ろうとしている。

(どうしたらいいの、小神?)

 口に出したはずのその言葉もまた、歪んで輪郭を持たぬままどこかへ消えた。きっと松本くんが洗い流してしまったのだろう。