「ありがとう。でも親父に言い訳は通用しない」

 無理に松本くんが笑みを浮かべようとしているのがわかった。

 でもうまく笑えないようだった。それから呟くように、

「部活辞めるかな」

と靴の先へと視線を落とした。

 それっきり松本くんは口を閉ざしてしまった。

 口を閉ざした松本くんに触れていると、何だか松本くんの夢の中に入り込んでいるような気がした。

 夢の中で松本くんになっているときと同じ感覚に包まれるのだ。どうしてだろう?

 松本くんの腕の熱がわたしにそう錯覚を抱かせるのだろうか?

 何駅か過ぎ、徐々に満員だった車内に空間的余裕が生まれ、騒々しさも半減してもなお、うつ向き気味の顔を上げることはない。

 ふと、わたしは尋ねたくなった。

「――松本くんにとって、野球って何?」