「子供を育てるって、半端な気持ちじゃできないよ」

「でも…」



産まれちゃったものは育てるしかない。

そんな思いでも、とりあえず育てることは、きっとできるでしょう。

そうつぶやいた私に、先輩がゆっくり首を振るのがわかる。



「そんなふうに育ったんじゃないことくらい、見てればわかるよ。自分でも愛されて育った記憶、あるでしょ」

「でも、それは、私が思ってただけかもしれなくて」

「今ご両親を信じられないからって、記憶を曲げたらダメだよ」

「………」

「感じてたことが、ほんとなんだよ。それからその記憶は、絶対になくしたらダメだ」

「どうして? 親への感謝を忘れないためですか?」



いつか恩返しするため?

育ててくれてありがとうって、涙ながらに言うため?

先輩が悪いわけじゃないのに、噛みつく自分をとめられず、険しい声が恥ずかしい。

けど先輩は、柔らかく微笑んで。



「いつか、自分の子に同じものを、与えてあげるためだよ」



切ないほど優しい声で、そう言った。


B先輩は、どんなものを見てきた人なんだろう。

どうして彼の言葉はこんなに、心ににじむんだろう。


目じりに溜まった涙を、パーカーの袖で拭いてくれる。

真夏に入った今でも、なぜか彼は、毎日必ずこういうものを羽織ってる。

本人がいたって涼しげなせいで、それは暑苦しいというより、ただただ不思議な現象として人の目に映った。



「誰かを育てる時、そこに愛情は、必ず生まれるよ」

「…はい」

「たとえそれが、育てられた側の期待するものとは、ちょっと違っても」



言いながら、ぽんとボールを手の上で弾ませる。

私の望んでいたものとは、違ったとしても。

なんらかの愛は、必ずあった。