部屋の角の、ワードローブの陰に立てかけてあったので気がつかなかったギターをとってくると、先輩があからさまに渋い顔をした。



「言われると思った…」

「何が得意ですか? ジャズは? 洋楽もいけますか?」

「好きなんだ、こういうの?」



はい、と浮かれた気分でうなずく。

趣味レベルだけど、我が家は父も母も兄もギターを弾く。

特に父はそこそこの腕前で、若い頃はアマチュアバンドで活動したりもしていた。

私にとってギターの音は、ホームの音なのだ。



「じゃあ、特に懐かしい曲とか、あれば」



人前で弾くのがそんなに好きじゃないんだろう、先輩は困ったように苦笑しながらも、親切にそう訊いてくれる。

その優しさに甘えてしまおうと、私は子供の頃から大好きだったミュージカル映画のタイトルを挙げた。



「俺も好き。どれから行く?」



先輩がにやっと笑って、CMにもなった有名な曲のサビをちらりと鳴らす。

その質問の投げかたがもう、相当聴きこんでいる証拠に思えて、私はすっかり嬉しくなり、全部! と意気込んだ。

たたんだままの布団をよいしょと運んできて、それに背中を預けて聴く体勢を整える私を見ながら、先輩がおかしそうに笑う。



「じゃあ、頭から行こうか」

「まさか、物語の順に?」

「思い出せる限りね」



拍手をすると、先輩が照れくさそうに笑って、映画の導入部で流れる主題歌を弾きはじめる。

懐かしい、最後に聴いたの、いつだっけ。


先輩の部屋は、机も収納家具も、全部が低い位置にあって、“座って”生活する空間になっている。

奥の壁にくっつけて置かれた現代風の文机の正面は、ゆったりと大きくとられた障子張りの窓がある。

晴れた日の昼間なんて、そこからさんさんと陽が入って、さぞかし居心地のいい部屋になるに違いない。


机の前で、座布団にあぐらをかいてギターを弾く先輩を見つめる。

その顔は、この前と同じように、少し楽しげだ。



「歌は?」

「勘弁してよ」

「田端先輩の声、素敵でしたね」

「田端って?」



適当にはしょってサビをくり返した先輩が、次の曲へ移る。

サウンドトラックを聴きこんでいない限り記憶に残らないだろうマイナーな曲で、それがさらっと出てきたことに私は笑った。