「俺、ちょっと一服してくるから、くつろいでて」

「私もおつきあいして、いいですか」



慌ててそう言うと、先輩はちょっと眉を上げて、パーカーを羽織りながら、もちろんいいよ、とうなずいた。


長屋のような形の一階に、ちょこんと乗っているんであろう、この二階の部屋は。

八畳の一間の他に、真新しい台所も洗面所もお風呂もちゃんとついている、下宿用の独立した空間だった。

一階と同じように畳が敷かれていて、入った瞬間いぐさの強烈な香りが鼻を突く。

ここで生活してたんじゃ、この匂いがつくはずだ、と納得した。


加えてやっぱり、表具の紙や糊の、あの静謐な匂いが漂っている。

これがまざると、B先輩のまとっている匂いそのものになり、それに包まれてひとりで待ってるなんて、とうていできそうになかった。



「部屋では吸わないんですか?」

「ここ、室内禁煙なんだ。ボヤでも出したら大ごとだから」



ずいぶん厳しい。

でも紙と木をとり扱うお店だから、それも当然なのかもしれない。


二階の入り口は、外から階段をのぼったところにある。

つまり一階とは、屋内ではまったく連絡してないってこと。

お互いのプライバシーを守るには、最適なつくりだなあと感心しながらその階段を下りた。

波型のプラスチックの屋根を叩く雨は、まだ強い。

先輩は一番下の段に腰を下ろすと、階段の途中からくわえていた煙草に、待ちかねたように火をつけた。



「よく、そんなところに住もうと思いましたね」

「ほんとだよね。最初それ聞いて、ないなーと思ったんだけど」



隣に座った私にかからないよう、顔をそむけて煙を吐く。



「気がついたら、他に考えられなかった」

「わかります」



同意すると、先輩が優しく微笑む。

善さんと、あのあと雨で中止になった商工会の寄りあいから駆け戻ってきたおかみさん。

明日のためにとっておいたらしい夕食の残りや、朝食用の果物を、惜しみなくふるまってくれた。

温かくて優しくて、あんな人たちと暮らせるんなら、煙草を中で吸えないくらい、なんだろう。

まあ、吸わない私が言うのも無責任だけど。