「うわあ、すごい。個人のお宅のものですか?」
「これは県民会館の応接室のもの。あっちは個人のお得意様のだね」
先輩が指さしたのは、堂々たる六曲の屏風だった。
「半双屏風ですか?」
「違うよ、片割れは奥の間で修復作業中」
すごい、これだけの屏風を一双飾ることができるなんて、どれだけ豪壮なおうちなんだろう。
作業台らしき机に、幾重にも布と紙を敷いて、慎重に寝かされている掛け軸に描かれているのは、吉祥天だ。
「象牙ですね」
軸先から外して、そばの箱に入れてある風鎮を眺めながら感嘆の息をつくと、先輩がへえと声をあげる。
「やっぱりこういうの、わかるんだね」
「やっぱりって、なんですか?」
「お嬢様校出身って、みんなが騒いでたから」
「…祖父が古美術に凝っていて、きっとそのせいです」
学校はあまり、関係ないような。
そう言うと、そっか、と先輩が軽く微笑んだ。
「おいB、上がってもらえや」
「いえ私、もうおいとまします」
工房である広い土間の横は居住スペースらしく、上がったところは畳敷きの居間になっている。
障子から顔をのぞかせるおじさまに慌てて手を振ると、茶も入ったし、とにこにこ言われてしまい、結局お邪魔することにした。
「この子、興味あるみたい。あとでいろんなもの見せてあげてよ」
「今どき珍しいな、なんでも見せてやるよ」
嬉しそうにうなずく善治(よしはる)さんというおじさまは、作務衣を気楽に着こなした、私の父より少し若いくらいに見える人で。
B先輩は彼を、善(ぜん)さんと親しげに呼んでいた。
「先輩は、ここでバイトをされてるんですか?」
「ううん、ただの手伝い」
手伝い? と訊き返す前に、ぱらっと雨戸を叩く音がしたかと思うと、一瞬のうちに広がって、ざあっと吹きつける雨音に変わる。