露光時間

 四月の最後の活動日、今年度初となる『合評会』が開かれた。
 部員それぞれが自慢の一枚を持ち寄り、車座になって互いの作品に感想を述べ合う。そういう活動があることも頭では分かったうえでの入部だったのだけれど――いざ実際にこの空気を肌で感じると、俺にとって、それは部活動の中でも一番の鬼門だった。

(やばい、どうしよう。あと何人で回ってくる?)

 先輩たちは朗らかな雰囲気だし、作品を褒め合うあたたかい空間のはずなのに。俺以外のみんな、誰もわざわざ感想を紙に書いて準備している様子なんかない。ゆったりと椅子に腰かけて、自分の番が回って来てもその場でサラリと言葉を紡いでいる。
 それに比べて俺は、全員分の作品に対して言いたいことや気づいたことを事前にメモ用紙にびっしり書き込んでいた。他の人の写真に対する感想のメモを必死で整理しているうちに、自分の順番や別の人のコメントが追いかけてきて――頭の中は『どうしよう、文字が追いつかない』『言葉のチョイスがおかしくないか?』というパニックで一色になる。

「じゃあ、次は温の番。感じたままに話してみて」

 部長に順番を振られ、心臓が身体の内側で大暴れし始めた。
 そろそろと椅子から立ち上がると、部員たちの視線が一気に自分へと集まった。その重圧に息が詰まりそうになりながら、準備していたメモ用紙へ必死に目を落とす。そこには『被写体と背景のコントラスト比/周辺減光の処理による視線誘導の意図』などと、自分の感想が小さな文字でぎっしりと並んでいる。

「えっと……その、光の使い方が……」

 言おうとした途端、頭の中が真っ白になる。突き刺さるような視線の圧に、背中へ一筋の冷たい汗がつぅっと流れた。これじゃただの小難しい理屈を並べているだけかも、という焦りがよぎり、言葉が喉につかえる。
 手元には、ちゃんと言いたいことがメモしてあるのに。それ以上何も言えなくなって俯きかけたその時、見かねたように斗澤先輩が静かに問いを挟んでくれた。

「温は、この写真のどこに一番惹かれた?」
「か……影の、濃さです。普通、もっと明るく飛ばすところを、あえて……」
「うん、いい視点じゃん。続けて」
「あえて暗く落としてて、それが……被写体の表情を、逆に強く想像させる感じがしました」
「あぁ、なるほどな。光より影に意味持たせるって、案外難しいんだよな」

 斗澤先輩がそう言って自然に感想をまとめてくれると、他の部員たちも『確かに』『面白い視点だな』と次々に頷いてくれた。その流れで「んじゃあ、次」と、部長の一声で隣に座っていた部員へと順番が移る。
 ほっ、とようやく大きな息を吐き出して力が抜けたように椅子に腰を下ろすと、斗澤先輩は少しだけ声を低くして、俺の方へスッと椅子の距離を詰めてきた。そして、他の人には聞こえないくらいの距離で、こそっと呟く。

「緊張した?」
「は……はい。ごめんなさい、俺のせいで時間が……」

 申し訳なくて、ゆっくりと俯くように頭を下げる。
 俺のそんな仕草を見て、斗澤先輩はちょっと困っているような声色で言った。

「時間とか、気にしなくていいんだよ。温の感想、ちゃんと聞けば面白いこと言ってるんだから、もっと自信もっていい」
「すみません」
「違うちがう、謝ってほしいわけじゃなくてさ。伝えたいって気持ちは、俺だけじゃなくて、ここにいる全員にちゃんと伝わってるよってこと」
「……でも、それは斗澤先輩が、いつもフォローしてくれるおかげで」
「別にいいって。俺が勝手にやってることだしさ」

 そう言って前を向き直った先輩の横顔を見つめながら、俺はそっと視線を落とす。たった三文字の『いつも』にどれほどの想いを込めているかなんて、きっと斗澤先輩は思いもしないだろう。
 車座になって並んで座る席で、不意に、膝と膝がほんの少し触れ合った。

(あの、斗澤先輩。本当はもっと、たくさん『ありがとう』って言いたいんです)

 心の中ではずっとそう呼びかけているし、もっと堂々と目を合わせて話したいという気持ちだってある。こっちを見てほしい、話を聞いてほしい――そんなわがままな願いだって、本当は心の奥底に抱いている。
 でも、それを言葉にするのが怖い。この人は決して冷たくあしらったりしない優しい人だと頭では分かっているのに、これ以上を自分から求めにいけない。
 おずおずと服の裾を引くような、幼い頃から少しも変わっていない臆病な自分がじっと蹲っている。
 そんな、誰にも言えない本音を――いつか、本当に声にして伝える日が来るとしたら。それはきっと、斗澤先輩にだけだろう。
 俺は手元にあったプリントの角を親指でそっと、小さな三角形に折り曲げた。