その日の夕刻、朝隆は射場で輔道の姿を見かけた。的までの間合いは尋常のそれではなく、しかも輔道は馬上から矢を放とうとしていた。
馬が駆ける。一瞬の静止もないまま、輔道の手から矢が放たれる。それが的の中心を貫く様を、朝隆は言葉もなく見つめていた。二射目、三射目と続けざまに的を射抜いても、輔道の息一つ乱れていない。
「――騎射の名手とは聞いていましたが」
思わず漏れた朝隆の呟きに、傍らにいた古参の武者が笑った。
「名手どころか、北面広しといえど輔道殿に弓で敵う者はおらん。院の御前での賭弓でも、いつも輔道殿の名が挙がる」
その言葉に、朝隆は複雑な思いで射場の輔道を見つめた。家柄も、見栄えも、そつなく与えられてきた自分と違い、輔道が積み重ねてきたものの重みが、その一射一射から伝わってくるようだった。
北面の勤めは、思っていたよりも過酷だった。
御所の警固はもちろん院の行幸や賀茂祭の供奉、時には都に出没する強盗の追捕にまで駆り出される。人並みの武芸は仕込まれていたものの実戦の場数が少ない朝隆は、輔道をはじめとする歴戦の者たちとの差を思い知らされてばかりだった。
「そんな腰の入れ方じゃ、馬から振り落とされて終わりだぞ」
ある日の稽古で、輔道がぶっきらぼうに声をかけてきた。他の武者たちが遠巻きに嘲笑う中、輔道だけがその場に残っていた。
「放っておいてください。あなたに指図される謂れはない」
「指図じゃない。事実を言ってるだけだ。……ほら、手綱はこう持て」
断ろうとした朝隆の手に、輔道の手が重なった。硬く、熱を帯びた手だった。
武骨な指が、朝隆の指の位置を一つ一つ直していく。その近さに、朝隆は思わず息を詰めた。
「……なぜ、教えるのです」
「北面に入った以上、お前も俺たちの仲間だ。仲間が下手を打って馬から落ちて怪我をするのは、見ていて気分がいいものじゃない」
それだけのことに、朝隆の胸の奥が小さく波立った。侮られ、値踏みされるだけだと思っていた男から向けられた、思いがけない気遣い。
「……礼を、言うべきなのでしょうね」
「いらん。次はちゃんと乗れ。それで十分だ」
輔道はそう言うと、朝隆の手をあっさりと離し、離れていった。残された手のひらには、まだ確かな熱がこもっていた。

