北面の契り




 そして輔道はついに一国の受領に任じられた。院自らがその功を認めた、異例の抜擢だった。

 その報せを聞いた朝隆の父は、もはや何も言わなかった。約束通りの婚儀が、静かに、だが確かに取り結ばれた。

 婚儀の夜、二人きりになった部屋で、輔道は改まった様子で朝隆に向き合った。


「長かったな」

「……二年など、あっという間でした」

「噓をつけ。お前が指折り数えていたのを、俺は知っている」


 図星を突かれ、朝隆は言葉に詰まった。輔道はそんな朝隆の頬にそっと手を添え、額を寄せた。


「これからは、待たせることも待つこともない。ずっと傍にいる」


 灯りが一つ、静かに揺れていた。輔道の指が、頬から髪へとゆっくり滑る。戦場で鍛えられた硬い指先が、これほど優しく何かに触れる様を、朝隆はまだ知らなかった。


「……輔道殿」

「今宵くらいは、名で呼べ」


 囁くような声だった。朝隆は小さく喉を鳴らし、その名を口にした。


「……輔道」


 たったそれだけのことに、輔道は目を細めた。まるで、この二年間で最も欲しかったものを、ようやく手にしたかのような顔だった。


「もう一度」

「……我儘ですね」

「お前にだけは、我儘を言いたい」


 そう言われては、拒めるはずもなかった。朝隆はもう一度、その名を紡いだ。輔道はそれに応えるように、そっと朝隆の額に唇を寄せた。触れるだけの、ごく短い口づけだった。それだけで、朝隆の胸の奥が甘く痺れるように疼いた。


「……心の臓が、うるさいです」

「俺のも、同じだ」


 輔道は朝隆の手を取り、自らの胸にそっと導いた。硬く鍛えられた胸の内で、確かに早鐘を打つ鼓動があった。戦場でも動じなかった男の、剥き出しの本音がそこにあった。


「これでも、俺が余裕だと思うか」

「……いいえ」


 朝隆は小さく首を振り、輔道の胸にそっと身を預けた。二年越しに交わした約束の分だけ、積もった想いは深かった。言葉はもう、多くを必要としなかった。

 灯りが一つ、また揺れて、静かに落ちた。北の空に月が昇り、その光は、もう誰に憚ることもなく、二人だけの夜を優しく照らしていた。


       
                                     (了)