——酒に酔っていると、些細なことがとても楽しく思えてしまうのです。
拝啓、母上。
お元気にしておりますでしょうか。私は特務により、この北の大地で「ヤツ」を探し続けております。
それにしても、女一人旅というのはなんと寂しいことでしょう。船に乗れば高級レストランで入店を拒否され、支那そばを啜れば奇異の目で見られ、そして——
「で、お姉さん。何をしにきたの?」
お座敷遊びをする前に、芸妓にしてやられました。
「酒に……何か、入れた……?」
「やあねえ、うちは料亭よ。お客様が口に入れるものに、誓って変なことはしてないわ」
「つまり」
「ちょっと強めのお酒を、多めにおすすめしただけ。自分の力量もわからずほいほい飲んじゃだめよう」
頭がぐらぐらする。芸妓——いや、半玉だから、舞妓か。の笑顔がぼやけて見える。
私は自分の体を支えていられなくなり、くたりと横たわった。
「さ、お姉さん。早く答えて頂戴な。20年も前に逃げた芸妓を何故今更追っているの?」
「……そ、れは……四条閣下より……命を受けて」
「それは知ってる、私は「何故」と聞いているの。子供が惜しくなった? そんなの今更じゃない!」
「ヤツが、持ってはならぬものを……抱えているから……」
ああ。何も考えられない。理性は私の口に蓋をせず、ぽろぽろと本音がこぼれていく。
「それは、何?」
「——ずるい」
そして私の溶けきった脳みそは、全てを開陳した。
「あーあ! 男ばっかりずるい! 同僚の野郎どもは海の向こうで『軍功だ!』ってブイブイ言わせてるのにぃ、なんで私だけ四条閣下の愛人探しなんかさせられてるんだ! 私も! 戦いたい!」
座布団にひっくり返り、足をジタバタさせながら私は大声でクダを巻いた。
「四条閣下のご名代」なんて知ったことか。なんで私ばかり、こんなはずれ任務を引いているんだ。
「ちょ、ちょっと酔いすぎ……。ねえ、早く答えてくれたらもっと愚痴に付き合ってあげるから。教えて?」
私のご乱心ぶりに小鈴が引いている。けれど慌てて仕事の顔を取り繕い、甘い声で耳元に囁きかけてくる。
しかしなめてはいけない。ここに居るのはあなたが相手してきたような鼻の下を伸ばした爺じゃない。酔っぱらい、仕事に不満を持つ若い女なのだ。
「あれやりたい! お座敷遊び!!」
「ええー、あんなのつまんないって。酔っぱらったおじさんしか楽しくないよ?」
「でも四条閣下もあそんでたんでしょ! やる! 私今、しじょーかっかだから!」
だんだんと呂律も妖しくなってきた。小鈴は困ったように大きくため息をつくと、まわりの芸妓に目配背をする。
「じゃあ、簡単なやつね。『金毘羅船々』。三味線の音に合わせて、お袴を交互に触ったり取ったりするの。お椀がなくなったら手を拳にする。しくじった方がお酒を飲む」
「子供に酒は飲ませられないなあ、芸妓さん相手に変更して」
「……やっぱりお姉さん、お座敷遊び向いてないよ」
小鈴は困ったように笑うと、三味線役の芸妓・花村に交代する。
小鈴は私の隣に位置し、やり方をそっと教えてくれる役だ。やがて三味線の旋律が流れ、教えられたとおりに合わせて手を動かす。
「——あ! 花村の負け!」
「きゃっ! お姉さん、強い!」
私は全戦全勝。軍人の反射神経を舐めてはいけない。思いのほか盛り上がった金毘羅船々にきゃあきゃあと黄色い声が沸き上がる。もちろん、その声の中には私の声も入っている。
遊び疲れたころに食事が運び込まれ、ウニ釜飯に舌鼓を打つ。癖で「うみゃい」と言おうものなら、芸妓と半玉がきゃっきゃと笑いながら真似をする。ウニのとろみを舌で堪能しながら、次に出てきた三平汁をすする。鮭の塩味がじんわりときいた汁が、酔っぱらった肝を優しく温めてくれる。
「自分の子供っていうのは、可愛くないのかなあ」
穏やかなひと時に、ぽつりと漏れた声。それを聞いた花村が小さく息を呑む。
「ご想像の通り、私は小雀と子供を探している。目当ては子供じゃあないんだけど」
「彼が何を持ってるっていうの? 姐さんは着の身着のままこの店を去ったのよ」
隣では小鈴がきょとんとしている。若い彼女は知らないことが多いのだろう。
泥酔した私が自分からぺらぺらと秘密を喋り出したことで、くすりとほくそ笑んだ。
「……花菱楼の大看板をそんな目に合わせるなんて、非道いやつだ」
「そうよ。小雀姐さん、酷い男に捕まらずに逃げ切れてよかったわ。今頃、温泉にでも入って、穏やかに暮らせてるといいけど」
「へえ、小雀のその後を知っているんだな」
しかし、笑うのは私の方だ。
「姐さん……!」
「え……? あっ!」
違和感を察した小鈴ちゃんが制止し、花村も口を滑らせたことに気づいたのだろう。
私は乱れた着物の襟元をすっと正し、静かに盃を畳へ置くと、不敵な笑みを浮かべて覗き込んだ。
「ふふ、騙されたな!」
「ッ! あんた……酔ったフリを……!?」
「酔っぱらってはいた! だがこの程度の情報戦、屁でもないわ!」
そう、この会話全て私のブラフだったのだ。小雀の情報など何も知らないが、曖昧なことを言えば、酔っ払い相手に情報を引き出そうと油断している芸妓と半玉はすらすらと答えてくれる。情報戦に強そうな小鈴を下がらせたのもよく効いた。
——小雀は四条閣下の子供を孕み、着の身着のまま逃走した。それはヤツが持っている大切な物を抱えているからだろう。しかし写真を送るほどに元の店とは縁があり、近い距離にいる。温泉というのも大事なヒントになる。
アトゥイという言葉は引き続き馴染みがないが、そこは引き続き探すしかない。
貴重な情報が大量に手に入り、私は満足げにほほ笑んだ。
青ざめる小鈴を置いて、私はふらふらと立ち上がった。
花街のキツネと、軍のタヌキの化かし合い、いや馬鹿試合は私の勝ちだ。
勝利の余韻に浸りながら、私は夜の小樽の街へと風のように消えていくのだった。
拝啓、母上。
お元気にしておりますでしょうか。私は特務により、この北の大地で「ヤツ」を探し続けております。
それにしても、女一人旅というのはなんと寂しいことでしょう。船に乗れば高級レストランで入店を拒否され、支那そばを啜れば奇異の目で見られ、そして——
「で、お姉さん。何をしにきたの?」
お座敷遊びをする前に、芸妓にしてやられました。
「酒に……何か、入れた……?」
「やあねえ、うちは料亭よ。お客様が口に入れるものに、誓って変なことはしてないわ」
「つまり」
「ちょっと強めのお酒を、多めにおすすめしただけ。自分の力量もわからずほいほい飲んじゃだめよう」
頭がぐらぐらする。芸妓——いや、半玉だから、舞妓か。の笑顔がぼやけて見える。
私は自分の体を支えていられなくなり、くたりと横たわった。
「さ、お姉さん。早く答えて頂戴な。20年も前に逃げた芸妓を何故今更追っているの?」
「……そ、れは……四条閣下より……命を受けて」
「それは知ってる、私は「何故」と聞いているの。子供が惜しくなった? そんなの今更じゃない!」
「ヤツが、持ってはならぬものを……抱えているから……」
ああ。何も考えられない。理性は私の口に蓋をせず、ぽろぽろと本音がこぼれていく。
「それは、何?」
「——ずるい」
そして私の溶けきった脳みそは、全てを開陳した。
「あーあ! 男ばっかりずるい! 同僚の野郎どもは海の向こうで『軍功だ!』ってブイブイ言わせてるのにぃ、なんで私だけ四条閣下の愛人探しなんかさせられてるんだ! 私も! 戦いたい!」
座布団にひっくり返り、足をジタバタさせながら私は大声でクダを巻いた。
「四条閣下のご名代」なんて知ったことか。なんで私ばかり、こんなはずれ任務を引いているんだ。
「ちょ、ちょっと酔いすぎ……。ねえ、早く答えてくれたらもっと愚痴に付き合ってあげるから。教えて?」
私のご乱心ぶりに小鈴が引いている。けれど慌てて仕事の顔を取り繕い、甘い声で耳元に囁きかけてくる。
しかしなめてはいけない。ここに居るのはあなたが相手してきたような鼻の下を伸ばした爺じゃない。酔っぱらい、仕事に不満を持つ若い女なのだ。
「あれやりたい! お座敷遊び!!」
「ええー、あんなのつまんないって。酔っぱらったおじさんしか楽しくないよ?」
「でも四条閣下もあそんでたんでしょ! やる! 私今、しじょーかっかだから!」
だんだんと呂律も妖しくなってきた。小鈴は困ったように大きくため息をつくと、まわりの芸妓に目配背をする。
「じゃあ、簡単なやつね。『金毘羅船々』。三味線の音に合わせて、お袴を交互に触ったり取ったりするの。お椀がなくなったら手を拳にする。しくじった方がお酒を飲む」
「子供に酒は飲ませられないなあ、芸妓さん相手に変更して」
「……やっぱりお姉さん、お座敷遊び向いてないよ」
小鈴は困ったように笑うと、三味線役の芸妓・花村に交代する。
小鈴は私の隣に位置し、やり方をそっと教えてくれる役だ。やがて三味線の旋律が流れ、教えられたとおりに合わせて手を動かす。
「——あ! 花村の負け!」
「きゃっ! お姉さん、強い!」
私は全戦全勝。軍人の反射神経を舐めてはいけない。思いのほか盛り上がった金毘羅船々にきゃあきゃあと黄色い声が沸き上がる。もちろん、その声の中には私の声も入っている。
遊び疲れたころに食事が運び込まれ、ウニ釜飯に舌鼓を打つ。癖で「うみゃい」と言おうものなら、芸妓と半玉がきゃっきゃと笑いながら真似をする。ウニのとろみを舌で堪能しながら、次に出てきた三平汁をすする。鮭の塩味がじんわりときいた汁が、酔っぱらった肝を優しく温めてくれる。
「自分の子供っていうのは、可愛くないのかなあ」
穏やかなひと時に、ぽつりと漏れた声。それを聞いた花村が小さく息を呑む。
「ご想像の通り、私は小雀と子供を探している。目当ては子供じゃあないんだけど」
「彼が何を持ってるっていうの? 姐さんは着の身着のままこの店を去ったのよ」
隣では小鈴がきょとんとしている。若い彼女は知らないことが多いのだろう。
泥酔した私が自分からぺらぺらと秘密を喋り出したことで、くすりとほくそ笑んだ。
「……花菱楼の大看板をそんな目に合わせるなんて、非道いやつだ」
「そうよ。小雀姐さん、酷い男に捕まらずに逃げ切れてよかったわ。今頃、温泉にでも入って、穏やかに暮らせてるといいけど」
「へえ、小雀のその後を知っているんだな」
しかし、笑うのは私の方だ。
「姐さん……!」
「え……? あっ!」
違和感を察した小鈴ちゃんが制止し、花村も口を滑らせたことに気づいたのだろう。
私は乱れた着物の襟元をすっと正し、静かに盃を畳へ置くと、不敵な笑みを浮かべて覗き込んだ。
「ふふ、騙されたな!」
「ッ! あんた……酔ったフリを……!?」
「酔っぱらってはいた! だがこの程度の情報戦、屁でもないわ!」
そう、この会話全て私のブラフだったのだ。小雀の情報など何も知らないが、曖昧なことを言えば、酔っ払い相手に情報を引き出そうと油断している芸妓と半玉はすらすらと答えてくれる。情報戦に強そうな小鈴を下がらせたのもよく効いた。
——小雀は四条閣下の子供を孕み、着の身着のまま逃走した。それはヤツが持っている大切な物を抱えているからだろう。しかし写真を送るほどに元の店とは縁があり、近い距離にいる。温泉というのも大事なヒントになる。
アトゥイという言葉は引き続き馴染みがないが、そこは引き続き探すしかない。
貴重な情報が大量に手に入り、私は満足げにほほ笑んだ。
青ざめる小鈴を置いて、私はふらふらと立ち上がった。
花街のキツネと、軍のタヌキの化かし合い、いや馬鹿試合は私の勝ちだ。
勝利の余韻に浸りながら、私は夜の小樽の街へと風のように消えていくのだった。



