眠り姫にはアラーム係の声しか届かない

 HRが終わった後、僕は教室を飛び出し家の真反対にあるスーパーに寄った。
「熱のときはゼリーとスポドリと……あと、アイスとかかな」
 自分が熱を出したときお母さんが用意してくれたものを思い出しながら、カゴの中に入れていく。
 
 あの後、授業中もずっと後輩くんのことが頭から離れなかった。
 モヤモヤして、その度に後輩くんを思い出して会いたくなって。今日は休みなことを思い出して、さっきの男子生徒と笑顔を思い出して、なんだかモヤモヤして——という永久ループに陥った。そしたらだんだんと、後輩くんに会いたくなってしまった。
 
 お見舞いついでに顔を見に行こうと思いつき、こうしてわざわざ見舞いの品を買いに来ているのである。

 そして僕は今、アイスコーナーで腕を組みながらアイスを凝視していた。
「後輩くん、どんなアイスが好きなんだろう」
 そういえば僕、後輩くんの好みとか何にも知らないかも。唯一知ってるのは、焼きそばパンのお供はミルクティーであることくらいだ。

 (『彼』は、知ってるのかな……)
 後輩くんが熱であることを教えてくれた男子生徒を思い出し、頭を横にブンブンと振って忘れる。

「無難にバニラアイスでいいかな?」
 有名なカップのバニラアイスと、一応隣にあった同じカップのチョコアイスもカゴに入れ、レジに並んだ。
 (早くしないと、あまり遅くに行っても迷惑になっちゃうからな)
 レジを終えスーパーを出ると、後輩くんが見れるか分からないが一応スマホで「今日お家行っていい?」と送って、後輩くんの家に向かって歩き出した。

 後輩くんの家は、僕の家から少し行った先にある団地の一軒家と聞いている。行ったことはないが、「来栖」なんて珍しい苗字がポンポンいるとは思えないので、すぐ見つかるだろうと高をくくっているのだ。

「来栖、来栖……。あ、あった」
 団地の奥にある、一番大きな家。そこが後輩くんのお家だった。少し迷って、インターホンを押す。しばらく待つと、「はい……」といつもより掠れた後輩くんの声が聞こえてきた。
 
「後輩くん、僕。ゼリーとか持ってきたんだけど、開けてもらえるかな?」
「先輩……? すぐに行きます」
 
 一分も経たないうちにガチャリと玄関の扉が開いて、マスクをつけた後輩くんが出てきた。
「本当に、先輩だ」
「本当にってなに。体調はどう? ゼリーとかアイス買ってきたんだけど」
「薬飲んで、だいぶマシです。……お金、払います」
 よく見ると、後輩くんは財布を持っていた。「何円ですか?」と聞いてくる後輩くんの手を掴み、財布を持つ手をそっと下ろさせる。

「僕が勝手にやったんだからお金なんていらないよ。これは、いつも朝起こしてくれるお礼ね」
「いや、でも……」
「いいから!」

 無理やり袋を渡すと、後輩くんは少し目を彷徨わせたあと「ありがとうございます」と笑った。
 それを見て、僕もホッと息をつく。
 (後輩くんの顔見れて、安心した)
 後輩くんもまだしんどいだろうし、ずっと引き止めてるのも悪いからそろそろ帰ろうかな。
 
「じゃあ、そろそろ帰るね」
「待ってくださいっ!」

 パシッと腕を掴んで引き止められる。後輩くんも自分の行動に驚いたのか、目を見開いたまま僕の腕と顔を交互に見つめていた。

「えっと……?」
「先輩、もう少しだけ時間ありますか?」
「ある、けど……」
「ちょっとだけ、もう少しだけ一緒にいてくれませんか?」
 珍しすぎる後輩くんからの甘えたおねだりに、僕は一も二もなく頷いた。

 後輩くんの家の冷蔵庫にゼリーとアイスを入れて、そのまま後輩くんの部屋に向かう。
 後輩くんの部屋は黒を基調としたシンプルな造りだった。おぼつかない足取りの後輩くんが、よろよろとベッドに倒れ込む。
 
『すみません、あと四十分くらいで親帰ってくるので、それまでいてくれませんか?』

 一人が寂しいんだと、熱で潤んだ瞳で言われてしまえば断ることなんて出来なかった。それに、素直な後輩くんが可愛すぎるんだ。
 倒れ込んだ後輩くんに、そっと布団をかけてあげる。
「ふふ、いつもと逆だね」
「そ、ですね……」
 いつもならベッドにいるのが僕で、それを上から見ているのは後輩くんだ。ベッドで眠っている後輩くん、なんだか新鮮だな。

「先輩、そこのクッション使っていいので……」
「わかった。お借りするね」
 部屋の隅に置かれていた少し大きめのクッションを持ってきて、下に敷く。

 後輩くんの額に手を乗せると、しっかり熱かった。そのまま手を上にずらし、頭をゆっくりと撫でてあげる。これは、僕が熱を出したときにお母さんがいつもしてくれることだ。高校生にもなって恥ずかしいと思いつつ、やっぱり安心するので好きだった。
 後輩くん嫌ではないのか、嬉しそうに目を細めてされるがままになっている。しばらくそうしていると、後輩くんはスッと眠ってしまった。やっぱりまだしんどいのだろう。

 そっと頭から手を離して、鞄から単語帳を取り出す。
 クッションに座ったまま、たまに後輩くんのことを見ながら単語帳のページをめくった。