普通の人なら一発で起きると言われている超大音量目覚まし時計を枕元に三つ。
父親が耳元で叫び、身体をぐわんぐわんと揺らしても、母親がフライパンとお玉という昭和のオカンのような起こし方をしても、僕には全くの無意味だった。
僕、古都音るいは寝起きがめっぽう悪い人間だ。
小学生の頃から毎朝の寝坊・遅刻は当たり前、成績が悪かったら今頃進級なんて出来ていなかっただろう。
そんな僕だが、なんと今年は四月中旬から一回も遅刻していない。一ヶ月連続無遅刻という僕史上初の出来事に、親と先生達は感動で海ができるのではと思うくらい泣いていた。
「——ぱい、起きてください先輩」
「んん……おはよう、後輩くん……」
超大音量目覚まし時計ですら全く聞こえなかった僕の耳に、低く心地の良い声がスルッと入ってくる。
パチリと瞼を開けると、無表情でこちらを見下ろしている「後輩くん」と目が合った。
——それもこれも、全てはこの「後輩くん」こと一年生の来栖亜蘭くんのおかげなのだ。
「おはようございます、先輩。目覚まし時計はうるさかったので切っておきました」
「ん、ありがとぉ……」
せっかく起きたのに勝手に閉じようとする重い瞼をゴシゴシと手で擦っていると、後輩くんが背中に腕を回しゆっくりと起き上がらせてくれる。
時計を見ると、まだ七時過ぎ。僕にとっては早過ぎる時間に、軽く感動を覚える。
僕は今日も無事、寝坊せずに起きれたらしい。
この後輩くんのおかげで。
ふわぁっと大きなあくびを零すと、その間に後輩くんが慣れた手つきで僕のクローゼットからシャツとブレザー、ズボンを取り出す。
「先輩、俺後ろ向いてるので早く着替えてください」
「別に後ろ向かなくても、僕は気にしないのに」
「俺が気にするので。……ほら、二度寝する前に着替えちゃいましょう」
「はーい……」
ベッドまで持ってきてくれた後輩くんの手から制服を受け取る。
「眠そうな声してますね」
「眠いもん……」
ずっと無表情だった後輩くんがくつりと小さく笑う。
「先輩、起きれてえらいので、もうちょっとだけ頑張りましょう?」
「うん……う、んぅ……」
「先輩、寝ないでください」
「寝てなぃ……」
寝ぼけながら返事をすると、後輩くんはまたクスクスと肩を揺らして小さく笑った。
このままだと本当に二度寝してしまいそうなので、僕はノロノロとパジャマのボタンに手をかけ、上着を脱ぎ始めた。制服のシャツを手にしたところまでを見届けて、後輩くんはサッと後ろを向く。
シャツのボタンを閉めて、ズボンを履いて、ブレザーは着ちゃうとご飯が食べにくいので、着ずにそのまま玄関に持っていく。
「——着替えたよ」
「はい、じゃあリビングに行きましょうか」
「うん……ふわぁっ……」
僕の声掛けで後輩くんがこちらに振り返る。
まだまだ大きなあくびをする眠そうな僕を見て、後輩くんはサッと手を差し出してきた。その手を取ると後輩くんはそのまま優しく引っ張ってくれる。
もう一ヶ月以上この家に通っている後輩くんにとって、この家の間取りなんてとっくに完璧で。僕をズルズルと引っ張りリビングまで連れて行ってくれた。
「るい、今日もちゃんと起きれたのね!」
「うん、なんとかぁ〜」
僕と後輩くんが手を繋いだままリビングに入ると、台所にいたお母さんが嬉しそうに微笑んだ。
「亜蘭くん毎朝本当にありがとうね。ささ、朝ごはん食べていって!」
「いえ、家近いので全然苦じゃないですし、俺がしたくてしてることなので。……逆に、いつも朝ごはんもらっちゃってすみません。また今度お礼持ってきます」
「いいのよいいのよ! るいを起こしてくれるお礼だもの。お礼のお礼をされちゃったら、お礼のお礼のお礼をしなくちゃならないじゃない!」
「お礼のお礼のお礼……」
「お礼のゲシュタルト崩壊しそう。……ほら後輩くん、早く席につきなよ。僕お腹空いちゃった」
お母さんと後輩くんが話している間に椅子に座った僕は、隣でまだ立っている後輩くんの手をグイッと引っ張った。後輩くんは少し目を見開いたあと、「もう完全に目が覚めたみたいですね」と安心したように頬を緩めた。
「うん、目が覚めたからお腹空いたの。後輩くん早く座って」
「はい、わかりました」
お母さんから「るい、偉そうな言い方しないの!」という注意が飛んでくるが、僕は気にしない。だって後輩くんが嫌がってないことをわかっているから。
現に後輩くんは特になんとも思ってなさそうな真顔で隣の椅子に座った。
二人で並んで「いただきます」と手を合わせ、お母さんが用意してくれたクロワッサンとヨーグルト、季節のフルーツを順番に食べていく。
早起きって素晴らしい、朝ごはんをこんなに優雅に食べれるのだから。
クロワッサンを頬張っていると横から「先輩」と静かに呼びかけられる。
「ん?」
「クロワッサン、ほっぺに付いてますよ」
「んむっ」
頬に付いてるであろうクロワッサンの皮のカケラをティッシュで優しく拭き取られる。
「……ありがとう」
「いいえ。ちょっとがっつき過ぎですよ先輩、また付いてる」
「ん、どこどこ?」
「嘘です」
真顔で言われるものだからびっくりする。
というか、
「後輩くんも冗談とか言うんだねぇ」
真顔がデフォ、基本真面目でしっかり者の後輩くんでもこんなくだらない冗談を言うのかと少し驚いた。それと同時に、彼も普通の男子高校生なんだなと実感する。
後輩くんはパチパチと目を瞬かせたかと思えば、ゆるりと弧を描くように細めて笑った。
「言いますよ、先輩には」
「どういうこと?」
「そういうことです」
んー、よくわからない。が、後輩くんの「そろそろ家出る時間ですよ」という言葉に意識を持っていかれて、それ以上深掘りすることはできなかった。
父親が耳元で叫び、身体をぐわんぐわんと揺らしても、母親がフライパンとお玉という昭和のオカンのような起こし方をしても、僕には全くの無意味だった。
僕、古都音るいは寝起きがめっぽう悪い人間だ。
小学生の頃から毎朝の寝坊・遅刻は当たり前、成績が悪かったら今頃進級なんて出来ていなかっただろう。
そんな僕だが、なんと今年は四月中旬から一回も遅刻していない。一ヶ月連続無遅刻という僕史上初の出来事に、親と先生達は感動で海ができるのではと思うくらい泣いていた。
「——ぱい、起きてください先輩」
「んん……おはよう、後輩くん……」
超大音量目覚まし時計ですら全く聞こえなかった僕の耳に、低く心地の良い声がスルッと入ってくる。
パチリと瞼を開けると、無表情でこちらを見下ろしている「後輩くん」と目が合った。
——それもこれも、全てはこの「後輩くん」こと一年生の来栖亜蘭くんのおかげなのだ。
「おはようございます、先輩。目覚まし時計はうるさかったので切っておきました」
「ん、ありがとぉ……」
せっかく起きたのに勝手に閉じようとする重い瞼をゴシゴシと手で擦っていると、後輩くんが背中に腕を回しゆっくりと起き上がらせてくれる。
時計を見ると、まだ七時過ぎ。僕にとっては早過ぎる時間に、軽く感動を覚える。
僕は今日も無事、寝坊せずに起きれたらしい。
この後輩くんのおかげで。
ふわぁっと大きなあくびを零すと、その間に後輩くんが慣れた手つきで僕のクローゼットからシャツとブレザー、ズボンを取り出す。
「先輩、俺後ろ向いてるので早く着替えてください」
「別に後ろ向かなくても、僕は気にしないのに」
「俺が気にするので。……ほら、二度寝する前に着替えちゃいましょう」
「はーい……」
ベッドまで持ってきてくれた後輩くんの手から制服を受け取る。
「眠そうな声してますね」
「眠いもん……」
ずっと無表情だった後輩くんがくつりと小さく笑う。
「先輩、起きれてえらいので、もうちょっとだけ頑張りましょう?」
「うん……う、んぅ……」
「先輩、寝ないでください」
「寝てなぃ……」
寝ぼけながら返事をすると、後輩くんはまたクスクスと肩を揺らして小さく笑った。
このままだと本当に二度寝してしまいそうなので、僕はノロノロとパジャマのボタンに手をかけ、上着を脱ぎ始めた。制服のシャツを手にしたところまでを見届けて、後輩くんはサッと後ろを向く。
シャツのボタンを閉めて、ズボンを履いて、ブレザーは着ちゃうとご飯が食べにくいので、着ずにそのまま玄関に持っていく。
「——着替えたよ」
「はい、じゃあリビングに行きましょうか」
「うん……ふわぁっ……」
僕の声掛けで後輩くんがこちらに振り返る。
まだまだ大きなあくびをする眠そうな僕を見て、後輩くんはサッと手を差し出してきた。その手を取ると後輩くんはそのまま優しく引っ張ってくれる。
もう一ヶ月以上この家に通っている後輩くんにとって、この家の間取りなんてとっくに完璧で。僕をズルズルと引っ張りリビングまで連れて行ってくれた。
「るい、今日もちゃんと起きれたのね!」
「うん、なんとかぁ〜」
僕と後輩くんが手を繋いだままリビングに入ると、台所にいたお母さんが嬉しそうに微笑んだ。
「亜蘭くん毎朝本当にありがとうね。ささ、朝ごはん食べていって!」
「いえ、家近いので全然苦じゃないですし、俺がしたくてしてることなので。……逆に、いつも朝ごはんもらっちゃってすみません。また今度お礼持ってきます」
「いいのよいいのよ! るいを起こしてくれるお礼だもの。お礼のお礼をされちゃったら、お礼のお礼のお礼をしなくちゃならないじゃない!」
「お礼のお礼のお礼……」
「お礼のゲシュタルト崩壊しそう。……ほら後輩くん、早く席につきなよ。僕お腹空いちゃった」
お母さんと後輩くんが話している間に椅子に座った僕は、隣でまだ立っている後輩くんの手をグイッと引っ張った。後輩くんは少し目を見開いたあと、「もう完全に目が覚めたみたいですね」と安心したように頬を緩めた。
「うん、目が覚めたからお腹空いたの。後輩くん早く座って」
「はい、わかりました」
お母さんから「るい、偉そうな言い方しないの!」という注意が飛んでくるが、僕は気にしない。だって後輩くんが嫌がってないことをわかっているから。
現に後輩くんは特になんとも思ってなさそうな真顔で隣の椅子に座った。
二人で並んで「いただきます」と手を合わせ、お母さんが用意してくれたクロワッサンとヨーグルト、季節のフルーツを順番に食べていく。
早起きって素晴らしい、朝ごはんをこんなに優雅に食べれるのだから。
クロワッサンを頬張っていると横から「先輩」と静かに呼びかけられる。
「ん?」
「クロワッサン、ほっぺに付いてますよ」
「んむっ」
頬に付いてるであろうクロワッサンの皮のカケラをティッシュで優しく拭き取られる。
「……ありがとう」
「いいえ。ちょっとがっつき過ぎですよ先輩、また付いてる」
「ん、どこどこ?」
「嘘です」
真顔で言われるものだからびっくりする。
というか、
「後輩くんも冗談とか言うんだねぇ」
真顔がデフォ、基本真面目でしっかり者の後輩くんでもこんなくだらない冗談を言うのかと少し驚いた。それと同時に、彼も普通の男子高校生なんだなと実感する。
後輩くんはパチパチと目を瞬かせたかと思えば、ゆるりと弧を描くように細めて笑った。
「言いますよ、先輩には」
「どういうこと?」
「そういうことです」
んー、よくわからない。が、後輩くんの「そろそろ家出る時間ですよ」という言葉に意識を持っていかれて、それ以上深掘りすることはできなかった。



