現役男子高校生で国民的人気アイドルの僕を「性格ブス」と呼ぶ男と同居することになりました

「ふたりとも、おはよう! 久しぶりの登校日だね」

 マンションの地下駐車場。貝元さんの迎えの車に乗り込むと、僕と鍵野はもはやお約束とばかりに、別々の窓へ顔を背けた。これだけいがみ合っていても、「おはようございます」の声だけは、なぜか綺麗に重なってしまうのだけれど。

 今日はお互い、同じ制服に腕を通している。午後からの仕事に備えて午前中のスケジュールが空いているので、高校への登校日になっていた。

「午前中の授業が終わったら、お昼頃に迎えに行くから。午後は、理央くんがドラマのクランクイン、凪斗くんは殺陣の稽古ね」

 ミラー越しに貝元さんと目が合う。僕は鞄から、薄い水色の表紙に『サギ☆ドル』と書かれた台本を取り出し、付箋を貼ったページを開いた。
 初主演のドラマだ。深夜枠だから視聴率は厳しいかもしれないけれど、ファンの期待には全力で応えたい。制作決定のプロモーション写真が解禁されたときは、バズどころかトレンド入りするほどの騒ぎになった。
 『国民的アイドルの裏の顔は、実は超性格の悪い天狗野郎だった……!?』
 という、センセーショナルな内容だからだ。あの橘花理央が口汚く悪態をつき、百八十度違う素顔をさらす。世間は、そこに期待しているらしい。

「おーい、凪斗くん。聞いてるかい?」

 隣の鍵野は、スマホを横向きにして動画を眺めていた。ワイヤレスイヤホンのせいで音は聞こえないけれど、窓ガラスに映る画面を見る限り、今日の殺陣の動きを確認しているらしい。

「……貝元さん。悠里(ゆうり)って、今日は学校に来る?」
「悠里? たぶん来てると思うよ。役員会議の関係で、うちの所属の子たちは全員登校日だからね」

 悠里は貝元さんの甥で、僕が唯一心を許しているクラスメイトだ。同じ事務所に所属していて、この前、日韓ボーイズグループのオーディションに受かったばかり。今は練習生として、日本と韓国を行き来している。お互い仕事が忙しすぎて、学校で顔を合わせるのは奇跡に近い確率だった。
 僕自身、学校に通えるのは月に数回で、ほとんどは課題レポートの提出で補っている。隣に座る鍵野も、きっと同じだろう。

「じゃあ、学校でも出来るだけ不仲オーラは出さないように気をつけてね」
「……出してるつもりないんですけど」
「いやー、車に乗る前から、殺し合いでもしてきたみたいな顔をしてたよ? ふたりとも」

 貝元さんが豪快に笑い、僕と鍵野は、そこで初めて視線を交わした。実際、今朝家を出る前に、僕たちはすでに一戦交えてきている。発端は「どちらが先に洗面所を使うか」だ。

「コイツが信じられないくらい鏡を占領してたせいで、俺がシャワー浴びる時間が減った」
「スキンケアしてたんだから仕方ないだろ!? だいたい、人が使ってるのに無理やり上裸で入ってくるとか、どういう神経して――」
「え? こういう神経」

 鼻で笑われ、ぐぐ……と拳を握りしめる僕に、貝元さんがハンドルを握ったまま「ほら、アイドルスマイル!」とまくし立てる。

「「いってきます」」

 ドアの閉まる音だけは、息がぴったりだ。
 『私立桜音(おうの)学園芸能高校』と書かれた洋風の立派な校門をくぐると、僕たちは、間に深い谷でもあるかのように距離を取って歩き出した。

 ***

「理央~! 久しぶり、会いたかったー!」

 教室に入るなり、むぎゅ、と力強いハグで迎えられた。薄い桜色の髪が頬に当たって、くすぐったい。

「ゆ、悠里? 髪、染めたの……?」
「うん! もうすぐファーストシングルの発売日でしょ? 練習生の頃より垢抜けなきゃいけなくて。ほらオレ、メンカラがピンク担当だから」

 照れ笑いしているけれど、すごく似合っている。色白なせいもあって、女性受けしそうな「かわいい弟系」のオーラが全開だった。クラスメイトたちも、遠巻きに悠里のイメチェンを見つめている。まだ無名とはいえ、周りもみんな、僕らと同じ芸能人のはずなのに。

「理央が学校にいるなんて、めったに見られないレアキャラだから、みんな二度見してるよ。さすが『二千年に一度の天使』って言われるだけある!」
「またネットの面白おかしい煽り文句を……。そもそも、最初にその変なキャッチコピーをSNSに流したのは悠里でしょ」
「大親友の類まれなる美貌を語れずにはいられないもん」
「今みんながこっちをジロジロ見てるのは、悠里のその髪が目立ちまくってるからだからね」
「またまたぁ〜。そんな謙遜しちゃって、可愛い顔が台無しだよ?」

 前後の席に並んで座り、悠里から韓国でのレッスンの話を聞いて、僕も新しいドラマが決まったことを報告する。お互い頑張ろうね、と話していた、そのときだった。

「ねぇねぇ! 鍵野くんが登校してるんだって、B組見に行かない!?」
「えー、うっそ。スイプロの子たち、今日は登校日なんだ」

 スイプロとは、僕と悠里、そして鍵野が所属する『Sweet Gateaux Production』(スウィート・ガトー・プロダクション)の略称だ。同じ有名人でも、他人の動向までは分からないものらしい。モデルもアイドルもインフルエンサーも、スマホを片手にはしゃぎながら、こぞってB組のほうへ走っていく。

「……家でどんな態度してるか、見せてやりたい」
「えっ? 家って、なんのこと?」
「あ……ううん、なんでもない」
「鍵野くん、久しぶりに学校に来たから大人気みたいだね。彼、たしか理央と同じ芸能三部でしょ?」
「あぁ、うん……同じ第三事業部だけど。全然、仲良くはないかな」

 仲良くしたいとも思わないし、と喉まで出かかった言葉を、笑顔で飲み込む。それでも悠里は、鍵野の実力をちゃんと認めているようだった。

「この学年のトップは間違いなく理央だけど、その次に勢いがあるのは鍵野くんじゃない? 近々、グループかユニットで大々的に売り出すんじゃないかって噂も流れてるし」

 その相手は僕だ、と教えてあげたい。けれど、悠里が発表の頃には韓国へ戻って、デビュー前の怒涛のスケジュールに追われているはずだ。何より、これはトップシークレット。解禁前の情報は、どれだけ仲が良くても、絶対に喋ってはいけない。

「ふふ、理央って、鍵野くんのことライバルだと思ってるもんね。やっぱり気になる?」
「べ、別に……気になんかなってない。ただ、苦手なタイプなだけ」
「そう? その割には、さっきからずっと廊下のほうを見て」
「見て?」
「むすーっとした顔してるから。ヤキモチなのかと思っちゃった」
「はぁ!? そんなわけないでしょ。なんで僕が鍵野に――」

 悠里は僕の動揺をからかうでもなく、「シワ作っちゃダメ~」と優しく微笑んで、指先で眉間をほぐした。口を滑らせそうになって跳ねていた心臓が、その穏やかな声に、少しずつ落ち着いていく。この鋭さと包容力のバランスには、いつも敵わない。

「ただでさえ目立つのに、『橘花理央が怒ってる』って噂になっちゃうよ」

 悠里が、目線で教卓のほうを指す。ちょうどそのとき、前方のドアがガラリと開いて、担任の先生が入ってきた。廊下ではしゃいでいた生徒たちが、蜘蛛の子を散らすように、それぞれの教室へ駆け戻っていく足音が響く。

「お昼までは授業受けるんだよね? お昼ご飯、いっしょに食べようよ」
「……うん」

 僕は小さく息を吐き、まだ少しざわつく廊下から視線を切って、自分の机にまっすぐ向き直った。