現役男子高校生で国民的人気アイドルの僕を「性格ブス」と呼ぶ男と同居することになりました

 鍵野の住むマンションへ向かう道中、僕はスマホを握りしめたまま、延々と文句を並べ立てていた。

「最悪! 手紙一枚のせいで、なんで僕がこんな目に遭わなきゃいけないんですか!」
「理央くん、気持ちは分かるけど落ち着いて」
「他に部屋なんていくらでもありますよね!? 僕のほうから頭を下げて、あいつの家に転がり込まなきゃいけないなんて!」
「頭を下げろとは一言も――」
「貝元さんは黙っててください!」

 こんな醜態、スタッフにもファンにも絶対に見せられない。けれど、これが僕なりの折り合いのつけ方だった。移動中の車内で思い切り叫んで、シートを蹴飛ばして、八つ当たりして、短い時間で無理やり気持ちを切り替える。
 傍から見れば滑稽だろう。それでも、気軽に旅行へ行くことも、好きなものを食べに出ることもできない生活の中で、これが自分を保つ唯一の方法だった。貝元さんもそれを分かっているから、バックミラー越しに小さく苦笑するだけで、余計なことは言わない。
 橘花理央は、インタビューで「人の悪口を言うのも、聞くのも苦手なんです」と天使のような顔で語っている。でも、僕だってただの人間だ。嫌いな相手もいれば、限界を超えるストレスだって溜まる。自分の力ではどうにもならない理不尽が相手なら、なおさらだった。

「ふぅー……」
「もう少し時間が要るなら、もう一周しようか?」
「……大丈夫です」

 吐き出せるものは全部ここで吐き出して、置いていく。鍵野の前に立つときは、また完璧な僕に戻る。そう決着をつけるように、最後に大きく息を吐いた。

 やがて車は、都内の一等地にそびえる高級マンションの地下駐車場へ滑り込んだ。

「ここが鍵野くんのマンションだよ」
「……いいところに住んでるんですね」
「広さは、理央くんが前に住んでた家と同じくらいかな。今日は凪斗くんもオフだし、来ることは前もって伝えてあるよ」

 二ヶ月間、鍵野と起き伏しを共にする生活。耐えられるとは到底思えなかった。
 二ヶ月どころか、二時間、いや二秒だって、同じ空間で息をしたくないのに。

(……なにこれ。ここ、絶対に家賃高い)

 敷地に入り、圧倒的な広さと内装を見上げるうちに、じわじわと胸の奥が苦しくなってきた。売れっ子といっても、鍵野が跳ねてからそれほど時間は経っていないはずだ。それなのに、一流の芸能人がこぞって住むような高級マンションをあてがわれている。それだけ会社に利益をもたらしているということだし、社長に気に入られて特別待遇を受けているということでもある。その現実が、嫌でも透けて見えた。

(社長の一番のお気に入りは、今も昔も僕なのに)

 エレベーターで最上階へ上がり、貝元さんが部屋のインターホンを押す。カメラの作動ランプがぴかっと光った。このレンズの向こうに鍵野がいると思った途端、どうにも耐え難くなって、僕はさっと顔を背ける。

「鍵野くん、理央くんの撮影が終わったから連れてきたよ。開けてもらえる?」
「……はい」

 貝元さんがわざとらしく明るい声を響かせると、電子ロックが外れ、扉が開く。
 そこに立っていたのは、完全にオフモードの鍵野凪斗だった。

「……お疲れさまです」
「あはは、凪斗くん、寝癖ついてるよ。こんな夕方に寝たら、夜眠れなくなっちゃうんじゃない?」
「貝元さん、俺が丸一日オフになったの、いつ以来だと思ってんすか。今日くらい、アラームかけずに限界まで寝かせてくださいよ」

 数ヶ月ぶり。その言葉に、胸の奥がまたチクリと痛んだ。
 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの最注目株だ。立て続けに決まる大手企業のCM、ラジオのレギュラー、合間に押し込まれる雑誌の表紙撮影。昨日まで自分がどこの地方のロケ地にいたのか、本人も把握できていないんじゃないだろうか。
 僕にも似たような覚えがある。入学と同時に親元を離れて上京し、学校に通いながら駆け足で売れていった頃のことだ。出席日数の計算に追われ、車内で教科書を開いていた、目が回るような日々。売れっ子ならではの嬉しい悲鳴を、貝元さんが「あはは、ごめんごめん」と上機嫌でなだめているのが、無性に癇に障った。

「貝元さんたちが来なければ、一生寝てるつもりでした」
「ごめんよ。君たちのスケジュールを合わせられるのが、今日しかなくてね」

 夜空のように暗く艶のある髪が、無造作に額へ落ちている。その隙間から覗く切れ長の瞳が、貝元さんを素通りして、まっすぐ僕を捉えた。腹立たしいほど整った顔で、観察するようにじっと見つめたまま、動かない。

「……お疲れ」

 沈黙に耐えかねて、先手を打つように短く声をかけた。それなのに、鍵野は何の反応も示さない。ただ視線を外し、歓迎も拒絶も口にしないまま踵を返して、リビングへ歩いていった。

(そうやって周りを見下したような、スカした態度が本当にむかつくんだよ。挨拶を返したって、死ぬわけじゃあるまいし)

 遠ざかっていく無駄に広い背中を、睨みつける。
 沸き立つ苛立ちをぐっと飲み込んで、僕は一歩を踏み出した。