【完結】音と味のあいだで恋をした

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「おい、柊いるか?」

 以前と同じ昼休みの呼び出しなのに、今日はどこか違った。

「え!? ねぇねぇ、小日向! あれ何!」
「何ってなんだよ」

 ツーくんめ……腐男子モードに入りやがった。
 こうなると長いんだよな。

「まさか!?」
「うるせ」

 僕は逃げるように朝霧のもとへ向かう。
 早く行くぞ、と朝霧はそれだけ言って先に歩き出した。

 なんだか、少し体が熱い気がする。

「なぁ、柊に聞かせたいものがあるんだ」
「僕に?」

 なんだろう。
 告白……いや、違うよね。

 でも、朝霧くんの性格的に、きっと悪いことではない気がした。

 いつも通っているはずの廊下なのに、朝霧といるとあっという間に感じる。

「てか、柊」

 不意に呼ばれて顔を上げると、朝霧は少し俯いたまま言った。

「俺のこと、下の名前で呼んで?」

 その言い方が妙に可愛く見えて、心臓が変な跳ね方をする。

「え……。は、陽翔(はると)?」

 恥ずかしさを誤魔化すように視線を落とすと、すぐに頭を撫でられた。

「かわいいじゃん」

 思わず見上げると、彼はまるで子犬でも愛でるみたいな顔をしていて、その表情に胸の奥がぎゅっと掴まれた気がした。

 ツーくん相手なら返せる“あのノリ”も、なぜか陽翔には言えなかった。

 その沈黙だけが、やけに長く感じる。

「し、失礼します」

 毎度おなじみになりつつある軽音室。
 いつもなら少し落ち着ける場所なのに、今日はどうしても妙に緊張する。

「何オドオドしてんだよ」

 笑う陽翔とは裏腹に、僕はどうにも落ち着かない。

「……それで、何を聞かせたいの?」

 朝霧は肩の力を抜くように「ああ、そういえば」と呟き、本題に入った。

「ここ数日で新曲ができたんだ」

 彼はそのまま、新曲にどんな思いを込めたのか、どのフレーズが気に入っているのかを真剣に話してくれた。
 気づけば僕もその空気に溶け込んでいて、いつものように言葉が出てくる。

「……あ、僕この言葉好き!」
「分かる」
「ねぇ、この曲聴きたい!」

 朝霧は即答するように「仕方ないな」と笑って、待ってましたと言わんばかりにギターを手に取った。

 聴いていて、改めて思う。

 やっぱり、陽翔の音、好きだな。

 繊細なのに耳に残る声。
 静かに染み込んでくるような音。

 さっきまで話していたフレーズに近づくにつれて、陽翔の表情も少しずつ柔らかくなっていく。
 歌う声が、まるで僕に語りかけてくるみたいで、思わず息を呑んだ。

 曲が終わりに向かうにつれて、陽翔も、僕も、空気ごと熱を帯びていく。

 そして――

「──ずっと俺のそばにいてくれ! 愛してる!」

 え……。

 見せてもらった“あのノート”にはなかった言葉に、思わず口元が震えた。

 愛してる。

 その言葉だけが、頭の中で何度も何度も反響する。

「……陽翔、最後の!」

 やっとの思いで声を絞り出すと、陽翔は堪えきれないように笑っていた。

「……なんだよ」
「いや、柊が俺の名前呼んでくれたのが嬉しくて。……それに今、すごくかわいい顔してる」
「かわいくない!」

 反論したいのに、うまく言葉が続かない。
 さっきの「愛してる」が、まだ胸の奥に残っているせいだ。

 唇を噛んで表情を引き締めようとしても無駄だった。
 隠そうとして手を顔の前に上げると、陽翔に「ダメ、見せて」と腕を掴まれる。

「……はーなーせっ」

 なんでこんなに力が強いんだ。
 料理で多少鍛えたはずの腕力でも、ギターを弾く彼には敵わない。

 眉間に皺を寄せて睨んでも、陽翔はまるで怯えない。

「お前、本当にかわいいな」

 うるさい、って言いたいのに、どうしてか言えなかった。

「もう一回」
「何が」
「俺の名前」

 思わずため息が漏れる。

「嫌だ」
「一回だけ」
「さっき呼んだじゃん」
「もう一回」

 駄々をこねる子どもか。
 そう思うのに、不思議と嫌じゃない。

 むしろ、普段はかっこつけている陽翔の、こんな顔を知っているのが僕だけかもしれない――そう思うと、少しだけ嬉しかった。

「……陽翔」
「よし」

 ぱっと緩む表情。

 その顔を見た瞬間、負けた、と思った。

 満足したのか、彼はようやく僕の腕を離してくれる。
 それから、少しだけ言いにくそうに口を開いた。

「なぁ、また放課後にさ、飯を……その」
「作ってほしいの?」

 陽翔は黙ったまま、こくりと頷いた。

 どっちがかわいいんだか。
 僕からしたら、陽翔の方がずっとかわいいのに。

 今度は僕が、そっと彼の頭を撫でる。

「……な、なんだよ」
「いや、つい」
「ついってなんだよ」
「陽翔がかわいいのはしょうがない」
「なんだそれ」

 呆れた声を出しながらも、陽翔は少しだけ照れたように視線を逸らした。

「……今日の放課後も来るか?」

 さっきまで堂々としていたくせに、そういう時だけ少し弱気になる。
 本当にずるいと思う。

「絶対に行く!」

 即答だった。

 陽翔は一瞬目を丸くしたあと、ふっと笑う。

「返事早」
「だって、行きたいし」