「ねぇ、朝霧くんいる?」
人気のない軽音室に入ると、顔を手で覆って横になっている彼がいた。
近くにあるノートは、やっぱりあのノート。
「……あ、更新されてる!」
浮ついた気持ちでノートを見ると、目に留まった「小日向」の文字。
「え、僕の名前?」
どうして?
なんて書かれてるの?
不安が過ぎるせいで、それ以上の文字を目で追えない。
「おい、また見てるのか?」
「あ、起きちゃった」
「何が『あ、起きちゃった』だ」
ツッコミ混じりに頭を叩かれ、思わず「いったー」とリアクションして、笑われた。
そんな会話をしているのは居心地がいい。
――ぐぅぅ。
どこからともなくお腹の音が会話を裂く。
止まった会話。
そして脳裏を過ぎる気持ち。
「……ねぇ、ずっと思ってたことを言っていい?」
「じゃあダメ」
「いや言うね?」
「なんだよ」
笑い合うなか、僕の気持ちはそれを優先しなかった。
「朝ごはん食べてる?」
「……食べてる」
「嘘だよね? 嘘ついたよね」
「嘘は……ついた」
可愛いかよ。小学生が吐きそうな嘘。
だけど、その可愛さは今じゃない。今じゃないけど、可愛い。
「それと、ちゃんと寝てる?」
「別に」
あ、目を逸らした。
もしかして本当に食べてない説。
「本当に寝てる?」
「……寝てるよ」
「もし嘘ついてたら、今日のお弁当なしだよ」
「あぁ、それはダメ! 寝てない、寝てないから!」
朝霧くんは白状した。
「やっぱりそうじゃん」
「うるせー、いいから、お前の作った弁当食いたい」
なんだか朝霧くんが言う言葉って、恥ずかしさがないというか、めっちゃ照れる。
赤くなった頬を手で隠す。
「何照れてんだよ」
「照れてない!」
やっぱめっちゃ美味しく食べるよね。
朝霧くんは。
「うっま! 小日向の飯マジでうますぎ! なぁ、また作ってくんね?」
彼の軽い言葉が、なぜか胸に留まる。
「い、いいよ」
朝霧くんに認められた!
また作って良いんだ! やった! すごく嬉しい!
嬉しさのあまり甘えてしまう。
「じゃあ、じゃあ! 朝霧くんの好きな食べもの教えてほしい!」
「俺の? なんだろうな」
悩むジェスチャーが何分か続いた。
深く悩んだ末に出てきた答えは、「からあげかな」だった。
「からあげね! 了解、早速明日作ってみる!」
「ありがとうな」
そう言って大きな手が僕の頭を撫でる。
「また撫でる! 恥ずかしいからヤダ!」
「はいはい、ごめんよ」
揶揄うような笑みは、少しだけ僕の心をくすぐる。
この時間がずっと続けば……なんて、そんな願いが叶うわけないよな。
少しの沈黙が起こった。
沈黙を破ったのは、朝霧くんだった。
「今日の放課後、一緒に帰らないか?」
「帰り反対じゃないっけ?」
「いや? 少しズレるけど、大体同じ」
あ、そうなんだ。電車通学だと人混みが多すぎて、朝霧くんを見かけないのかな。でも朝霧くんは僕の推しだし、それに身長高いから、見つけられると思うんだけどな。
「分かった。じゃあ、食べ終わったら出る?」
「そうだな」
今この時間だけは、少しだけ弁当を食べるスピードが速かったように思える。
建物に隠れていく夕日は、微かに僕らを照らす。
「今日はありがとうな。おかげで部活の時間に腹が減らなくて安心した」
「いえいえ。僕こそ一緒に食べられて嬉しかったよ」
横目で朝霧くんを見るけど、どうしても今すぐに身長を超すのは無理そう。
まぁ? 推しだから? かっこいいんだけど、なんか悔しい。
夕日の光が、僕らの身体の縁に線を描く。
「なんか……ムカつく」
「何がだよー」
「朝霧くんに身長、勝てなくて」
「俺に勝つなんて百年早いよ」
「うるせっ」
軽くはたいた感触は少しだけ暖かかった。
あぁ、この時間、家に帰りたくない。
もうずっと一緒に話してよ?
僕だけを見てほしいけど……。
朝霧くんは、誰のものでもないし。
いま一緒にいてくれることが、僕にとっては一生に残る記憶だと思う。
自分の気持ちが、推しだからなのか、それとも……。
「……やっぱお前といると楽」
そんな囁くほどの小さな声は、僕の心に深く残る。
え!? 推しに!? え!?
「僕も僕も!」
「そうか、ありがとうな」
「だから撫でるなって!」
朝霧くんの揶揄う笑いが、どうしても嬉しいと思ってしまう。
「……ねぇ、朝霧くんのアクキーとか発売されない?」
アクキーがあれば、鞄につけたり部屋に飾ったり、その他……。
いつでも朝霧くんの顔が見れる。
悲しい時とか悩みがある時に絶対、癒やしになる。
「ただの高校生なんだから、ないだろ」
「あったら爆買いしてたのに」
「だったら、お前にしか売らないよ」
なぬ!? それは……嬉しすぎる。
だけど、
「欲しい……けど、なんか申し訳ないな」
「なんでよ」
「僕以外にも欲しがる人がいるから」
去年の学園祭でもそうだけど、朝霧くんがライブしてるときに目を輝かせて見る人がたくさんいたから。
絶対、欲しいのは僕だけじゃない。
でも、言ってくれるだけで嬉しいのに、どうしてこんな胸が痛いの……?
自分の気持ちがよく分からない。
「……俺こっちだけど」
「え、じゃあ……また明日ね。今日はありがとう」
「いいよ。俺が誘ったことだし。さっきの約束忘れるなよ! 明日も飯作ってくれよな」
「大丈夫だって! からあげいっぱい作ってくる!」
お互いに手を振ってから、背を向け合った。
僕って同担拒否する系?
さすがにダメだよな……。
はぁ、朝霧くんに申し訳ない。
リスナー失格だ。
帰る道が少しだけ長く感じる。
人気のない軽音室に入ると、顔を手で覆って横になっている彼がいた。
近くにあるノートは、やっぱりあのノート。
「……あ、更新されてる!」
浮ついた気持ちでノートを見ると、目に留まった「小日向」の文字。
「え、僕の名前?」
どうして?
なんて書かれてるの?
不安が過ぎるせいで、それ以上の文字を目で追えない。
「おい、また見てるのか?」
「あ、起きちゃった」
「何が『あ、起きちゃった』だ」
ツッコミ混じりに頭を叩かれ、思わず「いったー」とリアクションして、笑われた。
そんな会話をしているのは居心地がいい。
――ぐぅぅ。
どこからともなくお腹の音が会話を裂く。
止まった会話。
そして脳裏を過ぎる気持ち。
「……ねぇ、ずっと思ってたことを言っていい?」
「じゃあダメ」
「いや言うね?」
「なんだよ」
笑い合うなか、僕の気持ちはそれを優先しなかった。
「朝ごはん食べてる?」
「……食べてる」
「嘘だよね? 嘘ついたよね」
「嘘は……ついた」
可愛いかよ。小学生が吐きそうな嘘。
だけど、その可愛さは今じゃない。今じゃないけど、可愛い。
「それと、ちゃんと寝てる?」
「別に」
あ、目を逸らした。
もしかして本当に食べてない説。
「本当に寝てる?」
「……寝てるよ」
「もし嘘ついてたら、今日のお弁当なしだよ」
「あぁ、それはダメ! 寝てない、寝てないから!」
朝霧くんは白状した。
「やっぱりそうじゃん」
「うるせー、いいから、お前の作った弁当食いたい」
なんだか朝霧くんが言う言葉って、恥ずかしさがないというか、めっちゃ照れる。
赤くなった頬を手で隠す。
「何照れてんだよ」
「照れてない!」
やっぱめっちゃ美味しく食べるよね。
朝霧くんは。
「うっま! 小日向の飯マジでうますぎ! なぁ、また作ってくんね?」
彼の軽い言葉が、なぜか胸に留まる。
「い、いいよ」
朝霧くんに認められた!
また作って良いんだ! やった! すごく嬉しい!
嬉しさのあまり甘えてしまう。
「じゃあ、じゃあ! 朝霧くんの好きな食べもの教えてほしい!」
「俺の? なんだろうな」
悩むジェスチャーが何分か続いた。
深く悩んだ末に出てきた答えは、「からあげかな」だった。
「からあげね! 了解、早速明日作ってみる!」
「ありがとうな」
そう言って大きな手が僕の頭を撫でる。
「また撫でる! 恥ずかしいからヤダ!」
「はいはい、ごめんよ」
揶揄うような笑みは、少しだけ僕の心をくすぐる。
この時間がずっと続けば……なんて、そんな願いが叶うわけないよな。
少しの沈黙が起こった。
沈黙を破ったのは、朝霧くんだった。
「今日の放課後、一緒に帰らないか?」
「帰り反対じゃないっけ?」
「いや? 少しズレるけど、大体同じ」
あ、そうなんだ。電車通学だと人混みが多すぎて、朝霧くんを見かけないのかな。でも朝霧くんは僕の推しだし、それに身長高いから、見つけられると思うんだけどな。
「分かった。じゃあ、食べ終わったら出る?」
「そうだな」
今この時間だけは、少しだけ弁当を食べるスピードが速かったように思える。
建物に隠れていく夕日は、微かに僕らを照らす。
「今日はありがとうな。おかげで部活の時間に腹が減らなくて安心した」
「いえいえ。僕こそ一緒に食べられて嬉しかったよ」
横目で朝霧くんを見るけど、どうしても今すぐに身長を超すのは無理そう。
まぁ? 推しだから? かっこいいんだけど、なんか悔しい。
夕日の光が、僕らの身体の縁に線を描く。
「なんか……ムカつく」
「何がだよー」
「朝霧くんに身長、勝てなくて」
「俺に勝つなんて百年早いよ」
「うるせっ」
軽くはたいた感触は少しだけ暖かかった。
あぁ、この時間、家に帰りたくない。
もうずっと一緒に話してよ?
僕だけを見てほしいけど……。
朝霧くんは、誰のものでもないし。
いま一緒にいてくれることが、僕にとっては一生に残る記憶だと思う。
自分の気持ちが、推しだからなのか、それとも……。
「……やっぱお前といると楽」
そんな囁くほどの小さな声は、僕の心に深く残る。
え!? 推しに!? え!?
「僕も僕も!」
「そうか、ありがとうな」
「だから撫でるなって!」
朝霧くんの揶揄う笑いが、どうしても嬉しいと思ってしまう。
「……ねぇ、朝霧くんのアクキーとか発売されない?」
アクキーがあれば、鞄につけたり部屋に飾ったり、その他……。
いつでも朝霧くんの顔が見れる。
悲しい時とか悩みがある時に絶対、癒やしになる。
「ただの高校生なんだから、ないだろ」
「あったら爆買いしてたのに」
「だったら、お前にしか売らないよ」
なぬ!? それは……嬉しすぎる。
だけど、
「欲しい……けど、なんか申し訳ないな」
「なんでよ」
「僕以外にも欲しがる人がいるから」
去年の学園祭でもそうだけど、朝霧くんがライブしてるときに目を輝かせて見る人がたくさんいたから。
絶対、欲しいのは僕だけじゃない。
でも、言ってくれるだけで嬉しいのに、どうしてこんな胸が痛いの……?
自分の気持ちがよく分からない。
「……俺こっちだけど」
「え、じゃあ……また明日ね。今日はありがとう」
「いいよ。俺が誘ったことだし。さっきの約束忘れるなよ! 明日も飯作ってくれよな」
「大丈夫だって! からあげいっぱい作ってくる!」
お互いに手を振ってから、背を向け合った。
僕って同担拒否する系?
さすがにダメだよな……。
はぁ、朝霧くんに申し訳ない。
リスナー失格だ。
帰る道が少しだけ長く感じる。



