【完結】音と味のあいだで恋をした

 いつもの日常なら、この昼時間は料理系の動画を片手に一人で弁当を食べるか、唯一の友達と言っても過言ではない高槻 紡(たかつき つむぐ)こと、ツーくんと一緒に食べるか。
 その二択で、いま葛藤している。

「小日向、今日は俺と飯食うのか?」
 昼のドタバタした時間帯。
 ツーくんは、重さが見て取れる弁当袋を持ってきた。
「んー、そうしようかな」
「了解」

 目の前の机を歪ながらもくっつけた後、僕らは沈黙の帳を下ろす。だけどツーくんの性格上、あまり静まり返った空気が苦手みたいで、毎回会話の始まりはツーくんだ。
 だから今回も、ツーくんからの声で日常会話が開始される。

「……昨日は俺との飯をすっぽかして何してたんだ?」
「え、あ、昨日? 昨日はねー、少しあの人に呼ばれて……」
「あの人とどんなことを話したの?」

 その時だけは、沈黙が良かったと多少なりとも自分の身から感じ取った。
 それでも頭の中では止まっているような、ゆっくり動いているような気はする。
 けれど、実際の時間はずっと同じスピードで進み続けている。

「まぁ、色々?」
「え、それってまさか!? BLですか! いいですねー! でもそういうのはすぐに俺に言ってよ! 俺の楽しみが一つ減った……」
「なんでそんなにへこんでるんだよ!」
「腐男子、腐っている人にとってはそういうロマンティックなシチュエーションは、もはやエサに等しい養分なんだよ! それを盗られる気持ちが分かるか!」
「分かんねぇよ! 僕は腐男子でもないし、ただ朝霧くんが推し・と・し・て! 大好きなんだよ!」
「ほんとかなー、怪しい」
「ほんとだわ!」

 そんな他愛のない話が、昼時間ぎりぎりまで発展していった。


 ===


 授業最後のチャイムは、期待を胸に抱かせる。
 それも突然にではない。
 決まった時間に来ることが分かっているが、先生たちは理解している時もあれば、話しているうちに気づく時もある。
 今もそうだ。

「ここの文の通り、筆者はどうしてもこの部分に気持ちを載せるしか文脈的にも不自然になって……って、もうこんな時間じゃないか。もうすぐチャイムが鳴ってしまう。ここからは次週の授業で行う」
「それじゃあ、挨拶はなしで」

 クラスメイトのほとんどが、チャイムの鳴る前、先生の話が終わる前に鞄の中や机の中に教材を無理やり仕舞う。

「今日は俺と帰るか? それとも噂のあの人と?」
「噂ってなんだよ。 “まだ”そんなに広まってないだろ」
「 “まだ”?」
「言葉の綾だ!」
「言葉の綾だって言っても……」
「おい、ここに小日向はいるか?」

 教室の外から聞こえてくるのは“あの人”の声。
「お! 噂をすれば、だな」
「ちょっとツーくんうるさい」
「照れ隠しするなよー、可愛いかよ」

 ツーくんの言葉を背で受けるように無視して、朝霧くんのもとへ走る。が、朝霧くんの声は僕の努力を無駄にする。

「今話していた人は誰」

 先輩の言葉に、鳩が豆鉄砲を食ったようにあっけらかんとした状態になる。

「──あいつは、ツーくんじゃなくて、高槻っていって、僕の唯一の友達!」
「彼のことが好きなのか?」
「え、好き? んー、友達としてなら好きだな」
「俺よりも?」
「いや! 先輩は好きのジャンルが違う! 推しとしてというか、でも同じカテゴリーに入れるなら先輩の方が大好き!」
「そうか。それならよかった」

 なんか、先輩すごい嬉しそう。なんでだ? そんなにいいことでもあったのか?

「軽音室に行くぞ」
「はい!」


 ===


「これ、朝作った弁当。食べますか?」
「お! いいのか? ありがとう! いやぁ、朝から何も食べてなくてさ。本当にありがとう。小日向の飯ってめっちゃ美味いから嬉しい!」
「そ、それなら良かった」

 軽音室は、僕ら以外には誰もいない。朝霧くんの話では、ライブとかそういう大事な時期以外はほとんど部員は来なくて、一種の幽霊部員のようだ。
 朝霧くんは僕から弁当を貰うや否や、紺色の風呂敷に包まれた木製弁当を開ける。
 僕にとっては見慣れた、カラフルな食材が綺麗に並ぶ。
 朝霧くんのために考えた栄養バランス。
 前にこっそり見ていた食事は、簡易食品で、一つ食べればいろんな栄養素が取れるとか言われてる食べ物だったけど、健康には良くない。
 どうしても食べ続ければ、味の感覚を失うこともある。
 だから、お弁当の中にはなるべく栄養に良いものをたくさん入れといた。

「すげぇ、このたこさんウィンナーどうやって作ったんだよ! 俺絶対むりだ」
「そんなことないよ? 慣れれば、時間のある限り何個でも作れるし」
「その慣れが難しいんだよなー」

 作った弁当を褒められるのはすごく嬉しい。
 しかも推しと認めた人に褒められると、なんだか首の後ろらへんがむずがゆい。
 そう思いながらも、自分用の弁当袋から市販の期限ぎりぎりのメロンパンを取り出す。

「……おい、お前まさかそれが飯か?」
「ん? そうだよ」

 あれ、なんか空気が、視線が、重くて痛い。なんか、びっくりされてる。え、僕おかしいこと言っちゃった? なんか癇に障ることしちゃった?

「俺に作るより、自分の管理をしっかりしろよ……」
「いや、僕よりも推しの方が大切だし、それに僕はお腹そんなに空かないから……」

 その瞬間、僕のお腹からは除夜の鐘のような、深くて重い音が鳴り響く。

「ふ、お前お腹空いてんじゃん。体は正直だな」
「それは……」
「俺は、小日向が我慢してまで俺を喜ばせようとしているのは伝わるし、少しは嬉しいとは思うけど、一番は小日向が喜んでる方が俺も喜ぶよ」

 癒やしにもトキメキにもなる言葉は、僕の心を射貫く。それも深く貫く。

「分かった……今度からはなるべく自分のことも考えてみる」
「……考えてみる、じゃなくて考える、だろ?」
「はい……」

 説教の入ったトキメキで、どうしても反省オーラとラブマシンガンが同時並行で襲ってきて、何とも言えない気持ちに誘われる。

 でもどうしてか、この時間も少しは良いかなって思う僕がいる。