オリジン役のオーディション場面は二つ。
初めてフィルに出会うシーンと、フィルに告白するシーンだ。
「『フィル、君しかいないんだ』」
「『ですが……』」
俺がフィル役として読み合わせに付き合う。桐崎はあの超棒読みからだいぶマシになっていた。
発声方法は間違えていたが、滑舌や体作りなどは元からよく出来ていた。普段から努力していたのが伝わる。発声方法だって、ちゃんと教えてくれる人がいれば最初から出来ていたはずだ。桐崎の飲み込みの早さには脱帽させられる。
対面に座っている桐崎の声は、前と違い透き通ってとても聞き取りやすい。スッと耳の中に入ってくる。
「『フィル、君が好きだ』」
「っ……」
「『もう絶対離さない……私と、結婚しよう!』」
「うおぅ……」
——あ、やべ。
桐崎の熱意と言葉の強みが凄くて、つい口から声が漏れてしまった。うおとか、絶対フィルは言わねぇじゃん。
「ごめん」
「いいって、もう一回しよ。……というか今、織宮本気で照れてた?」
「はぁ!? そ、んなわけないだろ!!」
「えぇ〜?」
クソ、ニヤニヤしてる桐崎に腹が立つ。大方間違ってないのがもっと腹立つ。
「っ……帰る!」
台本を大袈裟にパタリと閉じ、俺はわざと目を細めてジロリと睨みつける。前髪で見えてはないと思うけど、圧は感じたのだろう。桐崎が焦ったように立ち上がった。
「織宮ごめんって! もうちょっとだけ付き合って」
「……次からかったら本気で帰るからな」
「わかった、もうからかいません! よろしくお願いします!!」
それから三十分ほど、オーディションの練習をした。何回も桐崎の口から「好き」やら「運命」やらを聞かされるのは心臓に悪かった。何度台本で顔を隠したか……。さっき照れたのはバレてしまったが、それ以降は隠せていると信じたい。
「……そろそろ帰るか。明日に備えて今日は早く寝ろよ」
窓から差し込んでくる光が赤くなってきた頃、いつもより少し早めに練習を切り上げた。そもそも、今日の目的は最終調整だ。一通りオーディションの場面は確認出来たし、ここで詰め込むのではなく帰って身体をゆっくり休めた方がいいだろう。
「おう。一週間、練習に付き合ってくれてありがとうな」
「別に、ボランティア部の活動だし。俺の内申のためだし」
「はいはい」
わかってると笑う桐崎の目尻は柔らかく下がっている。
「織宮の期待に応えられるよう、頑張ってくるよ」
「おう、頑張れよ。俺の内心のために」
「ブレないな〜」
桐崎はケラケラと笑い、鞄に台本を仕舞う。
「でも、明日ちょっと不安だわ」
桐崎の口から漏れた弱音に、少し驚いてしまった。いつも謎に自信満々な桐崎も、流石のオーディション前は緊張するのか。
「練習通りしたら大丈夫だって。確実に上手くなってるんだから」
「いや、その『練習通り』が出来るかどうか不安で」
「なんでだよ」
「だって、目の前にいるの織宮じゃないし……」
「…………ん?」
いやいや、なんでそこで俺が出てくるんだよ。緊張のしすぎでおかしくなったか?
桐崎は至って真剣ですという表情で俺の肩に手を置いた。
「織宮、今からでも演劇部に入部してフィル役でオーディション受けないか?」
「やるわけねーだろ!? 俺はボランティア部一筋です〜! てかフィルは女の子だし!」
なんで俺が演劇部に入って、しかも女の子役を受けないといけないんだよ!?
ダメだ、やっぱり桐崎は初めてのオーディションに緊張しておかしくなっている。早く帰して休ませないと。
「ほら、早く帰れ帰れ! そんでゆっくり休め!」
肩に置かれた手をベシベシ叩くと、ゆっくり離れていった。
「その……織宮」
「なんだよ、まだ何かあるのか? 早く帰ったほうがいいぞ」
「いやそうなんだけどさ。どうしても気になることがあって……」
「……なんだよ?」
早く帰したいのは山々だが、本番前に疑問を残しておくのもよくない。
桐崎は少し顔を赤らめ目を彷徨わせた後、意を決したように鞄の中から台本を取り出しパラパラとめくった。そして、終盤の数ページのところで止まる。
「ここ……なんだけどさ」
桐崎が指差してるところを覗くと、そこには大きく『キス』と書かれていた。
オリジンとフィルが心を通わせたあとの最後の最後、一番盛り上がるクライマックスシーンだ。
「……これが、なんだ?」
「いや、これってさ——まじでキスしないよな?」
「……は?」
桐崎はガチで言っている。本気で言っている。
まあたしかに、こんなにデカデカと書かれていたら不安かもしれない。でもさ、流石に高校の演劇部でガチキスはないだろう。
「流石にフリだろ。するわけねーじゃん」
「だよな、良かった」
あからさまにホッと息を吐いて安心している桐崎に笑ってしまう。
「お前、ガチキスだったらどうしてたんだよ」
「いやそれは、頑張るけどさ。その、覚悟する時間が欲しいというか……。ほら俺、ファーストキス、だし……」
「あ、そっか。桐崎その顔で恋愛経験無しだったな」
「……そうだよ」
「ファーストキスになるかもだから、不安だったんだ〜」
「……そうだよ心配だったんだよ! 俺のファーストキス掛かってるんだからっ!」
「っ……ふはは!」
「笑うな!!」
いや、これで笑うなという方が酷だろう。面白すぎる。この顔面国宝桐崎司様が心配していたのが、自分のファーストキスだったなんて。
「ふはは。……まあさ、現実に考えて演出で何とかするか、角度でそれっぽく見せるかじゃね? リアリティ求めるなら指とかさ」
「指?」
「知らない? 唇じゃなくて指にキスする技法」
「初めて聞いた」
まあ確かに、舞台に関わってないと知らないかもしれない。余程舞台好きな人じゃないとわざわざ調べないしな。
(これは、やってみせたほうが早いか)
俺は無言で近づき、桐崎の唇に上にそっと親指を添える。桐崎の肩がピクリと動き、驚いたように目を見開いてこちらを見ている。
「こうやって唇に指を添えて、この指にキスすんの」
唇の間に指を挟んでその指にキスをする、舞台でよく見る技法だ。
演者同士の距離が近いから客席からは本当にキスしているように見えるが、実際には指にしていて唇には一切触れないという、最高の技法。リアリティを求めるならこれが一番だろう。
説明をし終えたのに、桐崎は石のように固まってピクリとも動かない。そんな様子を見て、俺はニヒリと笑った。今日一日、やけに桐崎にからかわれたのだ。ちょっとお返しができたようで面白かった。
「……よし、キスの疑問も解消されたな。今度こそ帰——」
「っ……ちょっと待った!」
「……いや、帰ろうぜ」
桐崎の唇から指を外すと、それを拒むように右腕を掴まれた。
「その……指にキスするやつも、練習しときたい!」
「はぁ!? い、いらないだろ、まだやるとも限らないのに!」
「いや、いつかするかもじゃん」
——なんだよその理屈は!?
「いつかするかもだが、今じゃなくていいだろ」
「いや、今だ。今しかない!!」
「なんだよその熱は!? さっきまでキスで照れてた桐崎くんはどこいった?」
桐崎はやる気満々で、ものすごい力で俺の右腕を掴んで離してくれない。
(そうだ、コイツそういえば馬鹿力だった…!)
頭の中で屋上や廊下でのあれこれが思い出される。桐崎に力勝負で勝てたことは一度もない。
「離せこの馬鹿力!」
「織宮が練習付き合ってくれるなら離す」
「なんでだよ! もう帰ろうぜ、な?」
「ボランティア部さん、手伝ってくれないの?」
「うぐっ……」
……別に、桐崎との練習が嫌なわけでは無い。
でも、昨日から俺の心臓はおかしいのだ。ただでさえ「好き」と演技で言われただけで照れて寝れなくなったのに、キスの練習なんてしたら本当に何か一線を越えてしまいそうで、それが俺は怖かった。
何かから戻れなくなるような、そんな予感がした。
(でも、桐崎このままだと帰らないだろうし……)
現に今も、右腕に力を込めて離そうとしてもピクリとも動かない。
「うぅ、クソ……。絶対指にしろよ! 俺のファーストキスになるから!」
「あ、織宮も恋愛経験無しなんだ」
「そうだよ悪かったな!!」
「いや、安心したわ」
「……なんでだよ」
もういい、早く終わらせて帰りたい。このままだと、俺の心臓が持たない。
桐崎はようやく俺の右腕を解放してくれたかと思えば、その指で俺の唇をツーっと撫でる。フニフニと押されると、身体がグンと熱くなるのがわかった。
「桐崎、早く終わらせようぜ……」
桐崎は嬉しそうに口角を上げて笑ったかと思えば、そっと目を瞑って顔を近づけてくる。
思わず俺も目を瞑ると、その瞬間チュッという軽い音がなった。
恐る恐る目を開くと、ほんの目と鼻の先に桐崎の綺麗な目があった。黒曜石のような瞳に俺の顔が映っている。
「あ、の……桐崎」
「……ありがと織宮、なんかわかったわ」
「なんかって、なんだよ……」
桐崎は俺の唇から指を離すと、床に置いていた鞄を肩にかけ扉に向かう。
「色々ありがとな! 明日、頑張るわ」
振り返ってそう言う桐崎の顔は晴れやかで、王子様みたいに綺麗だった。
「……おう、頑張れよ」
俺は自分の右手を握り桐崎の前にかざす。桐崎もわかったのか、拳をつくりこちらに向けてきた。
コツンと拳が合わさる。
(桐崎、練習の成果をみんなに見せてやれ)
初めてフィルに出会うシーンと、フィルに告白するシーンだ。
「『フィル、君しかいないんだ』」
「『ですが……』」
俺がフィル役として読み合わせに付き合う。桐崎はあの超棒読みからだいぶマシになっていた。
発声方法は間違えていたが、滑舌や体作りなどは元からよく出来ていた。普段から努力していたのが伝わる。発声方法だって、ちゃんと教えてくれる人がいれば最初から出来ていたはずだ。桐崎の飲み込みの早さには脱帽させられる。
対面に座っている桐崎の声は、前と違い透き通ってとても聞き取りやすい。スッと耳の中に入ってくる。
「『フィル、君が好きだ』」
「っ……」
「『もう絶対離さない……私と、結婚しよう!』」
「うおぅ……」
——あ、やべ。
桐崎の熱意と言葉の強みが凄くて、つい口から声が漏れてしまった。うおとか、絶対フィルは言わねぇじゃん。
「ごめん」
「いいって、もう一回しよ。……というか今、織宮本気で照れてた?」
「はぁ!? そ、んなわけないだろ!!」
「えぇ〜?」
クソ、ニヤニヤしてる桐崎に腹が立つ。大方間違ってないのがもっと腹立つ。
「っ……帰る!」
台本を大袈裟にパタリと閉じ、俺はわざと目を細めてジロリと睨みつける。前髪で見えてはないと思うけど、圧は感じたのだろう。桐崎が焦ったように立ち上がった。
「織宮ごめんって! もうちょっとだけ付き合って」
「……次からかったら本気で帰るからな」
「わかった、もうからかいません! よろしくお願いします!!」
それから三十分ほど、オーディションの練習をした。何回も桐崎の口から「好き」やら「運命」やらを聞かされるのは心臓に悪かった。何度台本で顔を隠したか……。さっき照れたのはバレてしまったが、それ以降は隠せていると信じたい。
「……そろそろ帰るか。明日に備えて今日は早く寝ろよ」
窓から差し込んでくる光が赤くなってきた頃、いつもより少し早めに練習を切り上げた。そもそも、今日の目的は最終調整だ。一通りオーディションの場面は確認出来たし、ここで詰め込むのではなく帰って身体をゆっくり休めた方がいいだろう。
「おう。一週間、練習に付き合ってくれてありがとうな」
「別に、ボランティア部の活動だし。俺の内申のためだし」
「はいはい」
わかってると笑う桐崎の目尻は柔らかく下がっている。
「織宮の期待に応えられるよう、頑張ってくるよ」
「おう、頑張れよ。俺の内心のために」
「ブレないな〜」
桐崎はケラケラと笑い、鞄に台本を仕舞う。
「でも、明日ちょっと不安だわ」
桐崎の口から漏れた弱音に、少し驚いてしまった。いつも謎に自信満々な桐崎も、流石のオーディション前は緊張するのか。
「練習通りしたら大丈夫だって。確実に上手くなってるんだから」
「いや、その『練習通り』が出来るかどうか不安で」
「なんでだよ」
「だって、目の前にいるの織宮じゃないし……」
「…………ん?」
いやいや、なんでそこで俺が出てくるんだよ。緊張のしすぎでおかしくなったか?
桐崎は至って真剣ですという表情で俺の肩に手を置いた。
「織宮、今からでも演劇部に入部してフィル役でオーディション受けないか?」
「やるわけねーだろ!? 俺はボランティア部一筋です〜! てかフィルは女の子だし!」
なんで俺が演劇部に入って、しかも女の子役を受けないといけないんだよ!?
ダメだ、やっぱり桐崎は初めてのオーディションに緊張しておかしくなっている。早く帰して休ませないと。
「ほら、早く帰れ帰れ! そんでゆっくり休め!」
肩に置かれた手をベシベシ叩くと、ゆっくり離れていった。
「その……織宮」
「なんだよ、まだ何かあるのか? 早く帰ったほうがいいぞ」
「いやそうなんだけどさ。どうしても気になることがあって……」
「……なんだよ?」
早く帰したいのは山々だが、本番前に疑問を残しておくのもよくない。
桐崎は少し顔を赤らめ目を彷徨わせた後、意を決したように鞄の中から台本を取り出しパラパラとめくった。そして、終盤の数ページのところで止まる。
「ここ……なんだけどさ」
桐崎が指差してるところを覗くと、そこには大きく『キス』と書かれていた。
オリジンとフィルが心を通わせたあとの最後の最後、一番盛り上がるクライマックスシーンだ。
「……これが、なんだ?」
「いや、これってさ——まじでキスしないよな?」
「……は?」
桐崎はガチで言っている。本気で言っている。
まあたしかに、こんなにデカデカと書かれていたら不安かもしれない。でもさ、流石に高校の演劇部でガチキスはないだろう。
「流石にフリだろ。するわけねーじゃん」
「だよな、良かった」
あからさまにホッと息を吐いて安心している桐崎に笑ってしまう。
「お前、ガチキスだったらどうしてたんだよ」
「いやそれは、頑張るけどさ。その、覚悟する時間が欲しいというか……。ほら俺、ファーストキス、だし……」
「あ、そっか。桐崎その顔で恋愛経験無しだったな」
「……そうだよ」
「ファーストキスになるかもだから、不安だったんだ〜」
「……そうだよ心配だったんだよ! 俺のファーストキス掛かってるんだからっ!」
「っ……ふはは!」
「笑うな!!」
いや、これで笑うなという方が酷だろう。面白すぎる。この顔面国宝桐崎司様が心配していたのが、自分のファーストキスだったなんて。
「ふはは。……まあさ、現実に考えて演出で何とかするか、角度でそれっぽく見せるかじゃね? リアリティ求めるなら指とかさ」
「指?」
「知らない? 唇じゃなくて指にキスする技法」
「初めて聞いた」
まあ確かに、舞台に関わってないと知らないかもしれない。余程舞台好きな人じゃないとわざわざ調べないしな。
(これは、やってみせたほうが早いか)
俺は無言で近づき、桐崎の唇に上にそっと親指を添える。桐崎の肩がピクリと動き、驚いたように目を見開いてこちらを見ている。
「こうやって唇に指を添えて、この指にキスすんの」
唇の間に指を挟んでその指にキスをする、舞台でよく見る技法だ。
演者同士の距離が近いから客席からは本当にキスしているように見えるが、実際には指にしていて唇には一切触れないという、最高の技法。リアリティを求めるならこれが一番だろう。
説明をし終えたのに、桐崎は石のように固まってピクリとも動かない。そんな様子を見て、俺はニヒリと笑った。今日一日、やけに桐崎にからかわれたのだ。ちょっとお返しができたようで面白かった。
「……よし、キスの疑問も解消されたな。今度こそ帰——」
「っ……ちょっと待った!」
「……いや、帰ろうぜ」
桐崎の唇から指を外すと、それを拒むように右腕を掴まれた。
「その……指にキスするやつも、練習しときたい!」
「はぁ!? い、いらないだろ、まだやるとも限らないのに!」
「いや、いつかするかもじゃん」
——なんだよその理屈は!?
「いつかするかもだが、今じゃなくていいだろ」
「いや、今だ。今しかない!!」
「なんだよその熱は!? さっきまでキスで照れてた桐崎くんはどこいった?」
桐崎はやる気満々で、ものすごい力で俺の右腕を掴んで離してくれない。
(そうだ、コイツそういえば馬鹿力だった…!)
頭の中で屋上や廊下でのあれこれが思い出される。桐崎に力勝負で勝てたことは一度もない。
「離せこの馬鹿力!」
「織宮が練習付き合ってくれるなら離す」
「なんでだよ! もう帰ろうぜ、な?」
「ボランティア部さん、手伝ってくれないの?」
「うぐっ……」
……別に、桐崎との練習が嫌なわけでは無い。
でも、昨日から俺の心臓はおかしいのだ。ただでさえ「好き」と演技で言われただけで照れて寝れなくなったのに、キスの練習なんてしたら本当に何か一線を越えてしまいそうで、それが俺は怖かった。
何かから戻れなくなるような、そんな予感がした。
(でも、桐崎このままだと帰らないだろうし……)
現に今も、右腕に力を込めて離そうとしてもピクリとも動かない。
「うぅ、クソ……。絶対指にしろよ! 俺のファーストキスになるから!」
「あ、織宮も恋愛経験無しなんだ」
「そうだよ悪かったな!!」
「いや、安心したわ」
「……なんでだよ」
もういい、早く終わらせて帰りたい。このままだと、俺の心臓が持たない。
桐崎はようやく俺の右腕を解放してくれたかと思えば、その指で俺の唇をツーっと撫でる。フニフニと押されると、身体がグンと熱くなるのがわかった。
「桐崎、早く終わらせようぜ……」
桐崎は嬉しそうに口角を上げて笑ったかと思えば、そっと目を瞑って顔を近づけてくる。
思わず俺も目を瞑ると、その瞬間チュッという軽い音がなった。
恐る恐る目を開くと、ほんの目と鼻の先に桐崎の綺麗な目があった。黒曜石のような瞳に俺の顔が映っている。
「あ、の……桐崎」
「……ありがと織宮、なんかわかったわ」
「なんかって、なんだよ……」
桐崎は俺の唇から指を離すと、床に置いていた鞄を肩にかけ扉に向かう。
「色々ありがとな! 明日、頑張るわ」
振り返ってそう言う桐崎の顔は晴れやかで、王子様みたいに綺麗だった。
「……おう、頑張れよ」
俺は自分の右手を握り桐崎の前にかざす。桐崎もわかったのか、拳をつくりこちらに向けてきた。
コツンと拳が合わさる。
(桐崎、練習の成果をみんなに見せてやれ)


