イケメン棒読み演劇部員の練習に巻き込まれました

「萩原月って、たしか何年か前に急に事務所脱退したよな?」
 そう、萩原月はもう芸能界にいない。
 数年前、俺らが小学生だった頃。それは突然の引退発表で、連日ニュースで報道されていたのを覚えている。
「今のあけプロに、萩原月はいねぇぞ?」
 桐崎はギュッと拳を握ると、真っ直ぐこちらを見つめてきた。
 
「俺は別に、今のあけプロに月くんがいるとかいないとか、そんなのは関係ないんだよ。ただ、月くんみたいな俳優になりたい。そのために月くんが育った事務所に入りたい。それだけだ」

 桐崎の言葉に、今度は俺が拳を握りしめる番だった。恥ずかしさと申し訳なさで俯いてしまう。顔が上げられない。
「……ごめん」
「なんで謝るんだよ」
「いや、意地悪なこと言ったなと思って……」
 すると、上からクスリと小さく笑う声が聞こえた。俺が顔を上げる前に、頭の上にポンと大きな手が置かれる。
 
「え……」
「うわ、織宮の髪サラッサラ!」
 撫でられている。桐崎に、頭を——。
 
「おい! え、お前何してっ……!?」 
「いやなんか、俯いて泣きそうな織宮が可愛く——可哀想で?」
「別に泣きそうになんかなってねぇし! てか今! 可愛いって言いかけただろ」
「うん」
「否定すん——え? 『うん』……?」
 
 え、聞き間違えか? 今コイツ「うん」って言ったか? 
  (コイツ、やっぱりおかしい……!)
 払いのけようと頭に手を伸ばすと、余計にわしゃわしゃとかき混ぜられる。
 
「は・な・せ!」
「あはは! 織宮の髪の毛サラサラで気持ち〜」
「……ざっけんなぁぁぁ!!」
  頭の上にある手をなんとか払い、逃げるよう早足で数歩下がると、桐崎は「猫みたいだ」と笑った。
 (急になんなんだよ、コイツはっ……!?)

 ボサボサになっているであろう髪の毛を、手櫛で適当に整える。
 (ほんと、なんなんだよ……)
 自分の頬に触れると、じんわりと熱を持っている。きっと今、俺の顔は真っ赤に火照っているだろう。
 
 ——桐崎に撫でられた瞬間、「好きだ」と言われたあの光景がリフレインした。

「あぁもう……」
 さっきから俺、なんか、変だ……。
 
 ほとぼりを内側から冷ますように、ほとんど溶けたアイスを一気に口に入れる。頭の奥がキーンと痛んだ。

**
「じゃあな、織宮」
「おう……」
 駅の前で、桐崎は軽やかに手を振った。
 あれから心臓の高まりがぶり返してまともに話せなくなった俺にも、桐崎は普通に話しかけてくれた。
 正直、ありがたすぎた。
 あのまま無言だったら、きっと明日気まずくて俺から話しかけられなかっただろうから。普通に話せる空気を作ってくれた桐崎に感謝するとともに、やはり桐崎は『空気を変える』力があるなと感じた。それは、何よりも大きな桐崎の魅力だ。
 恥ずかしいから言ってやらないけど。

「あ、そういえばさ」
「うん?」
 改札口に向かおうとしていた桐崎の足が止まる。
 帰り道ずっと言おうとしていた言葉を、口の中で転がす。よし、いける、俺なら言える。
 今言わないと明日には絶対切り出せないだろうとわかっていたので、俺は意を決して口を開いた。

「今日の、その……『好き』って言ってたやつさ……」
「あ、あ〜……。それは——」
 気まずそうに目を彷徨わせる桐崎の言葉を遮る。
 
「今までで一番! 上手かったからっ!!」
「………………へ?」
 数秒無言で見つめ合って、桐崎は目と口をこれでもかと開いて驚いていた。
 こうなったらもう勢いだ。勢いで全部言ってやる。
 
「こう……最初よりもずっと上手くなってた! 最後のやつが一番良かったからさ、あれをオーディションでも出来たら可能性あると思う! 頑張れ! じゃ、また明日な!」

 息継ぎする暇もないくらい一気に言い終えると、俺は桐崎の反対側の改札口に向かって歩き出した。
 が、後ろから腕を引っ張られてその歩みは一瞬で止まった。
「えっと……桐崎くん? 電車来ちゃうんですけどぉ〜……」
「あ、そうだよな。ごめん。上手かったって言われてその……嬉しくて」
 そう言いながらも、桐崎は俺の右腕を掴む手の力を緩めようとはしなかった。
 薄いシャツの上から、どんどん桐崎の手の体温が伝わってくる。掴まれた腕だけ異様に熱くなっていく。このままだと桐崎にも伝わってしまいそうだ。
 離させようと左手で桐崎の手を掴むと、その手も桐崎の左手によって絡め取られる。
 俺の右腕と左手は桐崎の手に捕まった。
 
「桐崎、電車が……」
「……もうちょっとだけ、ダメか?」
 どこか熱を帯びた目で射抜かれて、何も言えなくなってしまう。
 (俺、桐崎にこの目で見られるの、結構好きかも……)
 驚くくらい真っ直ぐで、熱くて。でもどこか、全てを渇望するような願望と欲望をはらんだこの目が、俺は案外好きなのかもしれない。
 
 俺はあからさまに「はぁ」とため息をついて、桐崎の袋を指差した。
「おにぎり」
「ん?」
「おにぎり、一つくれるならいいぞ。お腹すいたから、食べ終わるまでは一緒に居てやる……」
 桐崎はポカンとした表情で俺と袋を見比べた後、ふはっと吹き出した。
「それで織宮が一緒にいてくれるなら、おにぎりの一つくらい安いもんだよ」
 俺の腕から手を離すと、ガサガサと袋を漁って「はい」とおにぎりを渡される。
「……ありがと」
「おう、そっちこそ俺のわがまま聞いてくれてありがとな。あっちのベンチ行こうぜ」
「ん」
 
 俺らは一旦改札口から離れて、駅前のベンチに移動した。桐崎が渡してくれたおにぎりをよく見ると、ツナマヨだった。
 (……好きなやつだし、味わって食べよ)
 別に、桐崎ともう少し一緒にいたいからゆっくり食べるわけではない。断じて違う。
 勝手に上がる自分の口角に知らないふりをして、貰ったおにぎりの封を切った。