学校から駅までの道のりの丁度真ん中まで来たあたり、信号につかまった俺らはやっぱり無言のまま突っ立っていた。
「なあ、コンビニ寄っていいか?」
「ん、別にいいけど」
「さんきゅ!」
信号の奥にあるコンビニを指差して桐崎が言うので、大して急いでいない俺は二つ返事で了承した。
信号が青に変わる。
横にいた自転車が通り過ぎるのを横目で見て、俺らも横断歩道を渡った。
「ここでちょっと待ってて」と言われたので、コンビニの前で待つことになった。
桐崎を待っている間、俺は台本を読み返していた。
「『私の運命の相手は、貴方だったのですね』……」
舌の上で転がる言葉に、妙な甘さを感じて口元が歪んだ。
桐崎と同じように俺だって恋愛経験がない。正直、運命とか恋とか愛とか、そんなのよくわからん。
(年齢的にやったこともなかったしな)
俺だって、桐崎に上から目線で何か言える立場ではないのだ。ため息をつきながら台本を閉じた瞬間、首筋にひやりと冷たいものが当てられる。
「ひあっ!?」
「ひあって、変な声」
振り返ると、桐崎がニヤリと口角を上げながら立っていた。手には半分に割れるアイスが握られている。これを当てられたのだろう。
「お前が急にアイスなんて当てるからだろ!」
「そうだな、うん、ごめん」
悪びれもせずニコニコと謝る桐崎に、こちらの調子が崩される。
「別にいいけど。用事は済んだのか」
「おう、腹減ったからおにぎり買ってきた」
手に下げられた袋の中に、何個かおにぎりが入っているのが透けて見えた。
これから晩ご飯時なのに、よく食うなコイツ。
まあ身長高いし、こんなもんなのか?
「で、これは織宮に」
「俺に?」
桐崎は持っていたアイスをこちらに渡してきた。
「いいのか?」
「うん、最近毎日放課後付き合ってくれてるお礼〜」
「お礼安いな〜」
「うるせぇ」
まあ、せっかくなのでありがたく頂くことにする。
「さんきゅ、これ結構好き」
「……そうか、良かったわ」
小さく返事したかと思えば、桐崎はガサゴソと袋を漁ると、おにぎりを一つ取って包装を開け、かぶりつく。その豪快さは見ていて気持ちが良かった。
「何味?」
「ツナマヨ。これが結局一番うまい」
「あ、わかる。俺もツナマヨ派」
俺も貰ったアイスを開け、上の部分をパキンと折る。口に含むと、コーヒーの風味がふわりと広がった。
まだ春とはいえ、温暖化が進んだこのご時世、今でも充分暑い。冷たいアイスが身体に染み渡って最高だ。
「んま〜! やっぱバビコ最高だわ!」
「それは良かったですわ」
俺が食べているのを、横でニコニコと笑いながら見ている。——と思いきや、桐崎が急にスマホを取り出した。
カシャリと音が鳴る。横を見ると、桐崎のスマホはコチラに向けられていた。
「おいこら! 今写真撮っただろ」
「いや、記念にと思って」
「なんの記念だよ。……とりあえずそれ消せっ!」
「嫌ですぅ〜」
スマホを奪おうと手を伸ばすが、サッとかわされてしまう。桐崎に腕を伸ばされたら、もう俺には届かない。
「クッソ……! こういうのは事務所を通してください〜!」
「事務所どこだよ」
「んー……あけプロ?」
「超大手じゃねーか!」
俺の冗談に桐崎は一瞬虚を突かれたように目が点になり、その後「あはは」とひとしきり笑った。そして、ふぅっと息を吐き、「でも……」と小さく呟いた。
「俺、あけプロに入るのが夢なんだよ」
「へー。…………はぁ!?」
驚いて顔を見上げるが、桐崎の表情は真剣そのもので。そんな顔を見たら、茶化すことなんてできなかった。
明崎プロダクション——略して「あけプロ」は、数々のトップ俳優が所属する業界最大手の芸能事務所である。
有名俳優のほとんどがあけプロだと言われているほどで、もちろん入所オーディションも最難関。あけプロに入れただけで、将来安泰・スター確定とまで言われている。
「……いや、なんでわざわざあけプロなんだよ」
あけプロに所属できるのは、ほんの一握りだけ。わざわざそんな最難関に入らなくても、活躍できる事務所なんて沢山ある。そりゃ、あけプロに入れたら将来安泰だし、オーディションを受ける分にはいいとは思うが……。正直、倍率が高すぎる。
「いい事務所なら他にもいっぱいあるだろ」
「いや、俺は絶対にあけプロがいいんだ」
「なんでそんな……」
桐崎は残っていたおにぎりを大きく二口で食べきったかと思えば、包装を適当に丸め手に持った袋にポイッと投げ入れた。
「織宮さ、『萩原 月』って覚えてる?」
「た、しか……昔人気だった子役だよな? 春舞のやつ」
「そうそう」
萩原 月
『春に舞え』という月9ドラマで主人公の弟役を務め上げ、一躍有名になった人気子役だ。
「たしか俺らが四歳? 五歳くらいにやってたやつだよな? 桐崎見てたのか?」
「おう。姉ちゃん達が好きでさ、一緒に見てたんだよ。織宮も見てたのか?」
「まぁ、めっちゃ人気だったしな。親が見てた」
『春に舞え』は当時の最高視聴記録を塗り替えた、社会的ヒット作だ。
その中で特に、幼いながら『記憶喪失になった姉の為に奮闘する弟』という難しい役を演じきった萩原月は、それはそれは世間に評価された。
「渉役の月くんが、当時の俺には凄く衝撃的でさ。姉ちゃん達に『司と同い年だね』って言われて、こんな凄い人が同い年なんだーって」
泣きの演技とか、特に凄かったよなーと力説されるが、正直言って内容は全くと言っていいほど覚えていない。
いや、何年前だと思ってるんだよ。幼稚園の頃の記憶とか普通にねーわ。
「桐崎、なんでそんなに覚えてるんだよ」
「そりゃ何回も見てるから!」
「何年前のドラマだと思ってんだよ!?」
「何年経っても名作は名作だろ!?」
「それはっ……そうか……」
いやうん、一理ある。たしかに、名作なのには変わりない。……内容覚えてないけど。
激語りしてくる桐崎に少し気まずくなってアハハーと愛想笑いをしていると、桐崎が空気を変えるようにパンっと手を鳴らした。
「——で、話を戻すと。その萩原月くんがあけプロ所属だったから、俺も同じところに入りたいの!」
「……もしかして、桐崎が俳優を目指したのって——」
「おう! 萩原月くんみたいになりたかったから!!」
自信満々に、笑顔で答える桐崎にヒクリと口角が引き攣る。
いやいや、だってさ……
「……何年前の子役を追いかけてるんだよ」
『萩原月』何年も前に、芸能界を引退している。
「なあ、コンビニ寄っていいか?」
「ん、別にいいけど」
「さんきゅ!」
信号の奥にあるコンビニを指差して桐崎が言うので、大して急いでいない俺は二つ返事で了承した。
信号が青に変わる。
横にいた自転車が通り過ぎるのを横目で見て、俺らも横断歩道を渡った。
「ここでちょっと待ってて」と言われたので、コンビニの前で待つことになった。
桐崎を待っている間、俺は台本を読み返していた。
「『私の運命の相手は、貴方だったのですね』……」
舌の上で転がる言葉に、妙な甘さを感じて口元が歪んだ。
桐崎と同じように俺だって恋愛経験がない。正直、運命とか恋とか愛とか、そんなのよくわからん。
(年齢的にやったこともなかったしな)
俺だって、桐崎に上から目線で何か言える立場ではないのだ。ため息をつきながら台本を閉じた瞬間、首筋にひやりと冷たいものが当てられる。
「ひあっ!?」
「ひあって、変な声」
振り返ると、桐崎がニヤリと口角を上げながら立っていた。手には半分に割れるアイスが握られている。これを当てられたのだろう。
「お前が急にアイスなんて当てるからだろ!」
「そうだな、うん、ごめん」
悪びれもせずニコニコと謝る桐崎に、こちらの調子が崩される。
「別にいいけど。用事は済んだのか」
「おう、腹減ったからおにぎり買ってきた」
手に下げられた袋の中に、何個かおにぎりが入っているのが透けて見えた。
これから晩ご飯時なのに、よく食うなコイツ。
まあ身長高いし、こんなもんなのか?
「で、これは織宮に」
「俺に?」
桐崎は持っていたアイスをこちらに渡してきた。
「いいのか?」
「うん、最近毎日放課後付き合ってくれてるお礼〜」
「お礼安いな〜」
「うるせぇ」
まあ、せっかくなのでありがたく頂くことにする。
「さんきゅ、これ結構好き」
「……そうか、良かったわ」
小さく返事したかと思えば、桐崎はガサゴソと袋を漁ると、おにぎりを一つ取って包装を開け、かぶりつく。その豪快さは見ていて気持ちが良かった。
「何味?」
「ツナマヨ。これが結局一番うまい」
「あ、わかる。俺もツナマヨ派」
俺も貰ったアイスを開け、上の部分をパキンと折る。口に含むと、コーヒーの風味がふわりと広がった。
まだ春とはいえ、温暖化が進んだこのご時世、今でも充分暑い。冷たいアイスが身体に染み渡って最高だ。
「んま〜! やっぱバビコ最高だわ!」
「それは良かったですわ」
俺が食べているのを、横でニコニコと笑いながら見ている。——と思いきや、桐崎が急にスマホを取り出した。
カシャリと音が鳴る。横を見ると、桐崎のスマホはコチラに向けられていた。
「おいこら! 今写真撮っただろ」
「いや、記念にと思って」
「なんの記念だよ。……とりあえずそれ消せっ!」
「嫌ですぅ〜」
スマホを奪おうと手を伸ばすが、サッとかわされてしまう。桐崎に腕を伸ばされたら、もう俺には届かない。
「クッソ……! こういうのは事務所を通してください〜!」
「事務所どこだよ」
「んー……あけプロ?」
「超大手じゃねーか!」
俺の冗談に桐崎は一瞬虚を突かれたように目が点になり、その後「あはは」とひとしきり笑った。そして、ふぅっと息を吐き、「でも……」と小さく呟いた。
「俺、あけプロに入るのが夢なんだよ」
「へー。…………はぁ!?」
驚いて顔を見上げるが、桐崎の表情は真剣そのもので。そんな顔を見たら、茶化すことなんてできなかった。
明崎プロダクション——略して「あけプロ」は、数々のトップ俳優が所属する業界最大手の芸能事務所である。
有名俳優のほとんどがあけプロだと言われているほどで、もちろん入所オーディションも最難関。あけプロに入れただけで、将来安泰・スター確定とまで言われている。
「……いや、なんでわざわざあけプロなんだよ」
あけプロに所属できるのは、ほんの一握りだけ。わざわざそんな最難関に入らなくても、活躍できる事務所なんて沢山ある。そりゃ、あけプロに入れたら将来安泰だし、オーディションを受ける分にはいいとは思うが……。正直、倍率が高すぎる。
「いい事務所なら他にもいっぱいあるだろ」
「いや、俺は絶対にあけプロがいいんだ」
「なんでそんな……」
桐崎は残っていたおにぎりを大きく二口で食べきったかと思えば、包装を適当に丸め手に持った袋にポイッと投げ入れた。
「織宮さ、『萩原 月』って覚えてる?」
「た、しか……昔人気だった子役だよな? 春舞のやつ」
「そうそう」
萩原 月
『春に舞え』という月9ドラマで主人公の弟役を務め上げ、一躍有名になった人気子役だ。
「たしか俺らが四歳? 五歳くらいにやってたやつだよな? 桐崎見てたのか?」
「おう。姉ちゃん達が好きでさ、一緒に見てたんだよ。織宮も見てたのか?」
「まぁ、めっちゃ人気だったしな。親が見てた」
『春に舞え』は当時の最高視聴記録を塗り替えた、社会的ヒット作だ。
その中で特に、幼いながら『記憶喪失になった姉の為に奮闘する弟』という難しい役を演じきった萩原月は、それはそれは世間に評価された。
「渉役の月くんが、当時の俺には凄く衝撃的でさ。姉ちゃん達に『司と同い年だね』って言われて、こんな凄い人が同い年なんだーって」
泣きの演技とか、特に凄かったよなーと力説されるが、正直言って内容は全くと言っていいほど覚えていない。
いや、何年前だと思ってるんだよ。幼稚園の頃の記憶とか普通にねーわ。
「桐崎、なんでそんなに覚えてるんだよ」
「そりゃ何回も見てるから!」
「何年前のドラマだと思ってんだよ!?」
「何年経っても名作は名作だろ!?」
「それはっ……そうか……」
いやうん、一理ある。たしかに、名作なのには変わりない。……内容覚えてないけど。
激語りしてくる桐崎に少し気まずくなってアハハーと愛想笑いをしていると、桐崎が空気を変えるようにパンっと手を鳴らした。
「——で、話を戻すと。その萩原月くんがあけプロ所属だったから、俺も同じところに入りたいの!」
「……もしかして、桐崎が俳優を目指したのって——」
「おう! 萩原月くんみたいになりたかったから!!」
自信満々に、笑顔で答える桐崎にヒクリと口角が引き攣る。
いやいや、だってさ……
「……何年前の子役を追いかけてるんだよ」
『萩原月』何年も前に、芸能界を引退している。


