イケメン棒読み演劇部員の練習に巻き込まれました

 チャイムと共に先生のアナウンスが流れる。
 しかし、それはまるで水の中に潜った時のように遠くから微かに聞こえるだけだった。
 
 ——落ち着け、落ち着け……!

 肩に触れられている桐崎に、この大きすぎる心音が聞こえてしまうような気がして、抑えるために必死に深呼吸を繰り返す。
 でも、意識すればするほどなぜかそれは強まっていった。
 
 (そもそも、なんで俺はこんなにドキドキしてるんだよ!?)

 わからない、自分のことなのに。
 まるで自分のものじゃないみたいに、俺の心臓は俺の意志と関係なくバクバクと高鳴っている。
 止められない――。
 

 俺がずっと黙って俯いているからか、桐崎が肩を持つ手に力を込めた。
「織宮」
 さっきまであんなに周りの音が聞こえなかったのに、桐崎の声だけはクリアに耳に届いた。
「……なに」
「あぁ〜……これはいやその——」
 俺以上に焦っている桐崎の様子を見て、なぜかスーッと落ち着きが戻ってくる。
「きり――」

 その時、ガラリと教室の扉が開く。
 「おーい、何でまだいるんだ。最終下校時間だぞー……って、何やってるんだ?」
 演劇部の顧問だった。最終下校時間だから、校内の見回りをしていたのだろう。向かい合っている俺らに、顧問が首を傾げた。
 桐崎はパッと俺の肩から手を離し距離を取る。

 「いやそのぉ……演劇の! 練習をしてました! すぐに帰ります。な、桐崎」
 「え? ……あ、はい! 今すぐに!!」
 俺の言葉に桐崎が咄嗟に合わせてくれた。
 「そうか? まあ、すぐ帰れよ」
 そう言って、顧問は不思議がりながらも教室を出ていった。
 扉が閉まる音がして、廊下から完全に顧問の足音が聞こえなくなった頃。
 俺らは顔を見合わせ、はぁ……っと息を吐いた。
 緊張した、なぜかもの凄く緊張した。
 桐崎が「ほら」と言い手を差し伸べてくれる。
 落ち着きを取り戻したからか、桐崎の手を借りたからか。今度はすんなりと立ち上がることができた。
 
「……帰るか」
「え? あ、うん……そうだな!」
 
 ウジウジしていたら門を閉められてしまう。
 俺たちは慌てて鞄に荷物を詰めると、旧校舎を飛び出し校門をくぐった。

**
 最終下校時間まで一緒に練習しているわけだから、帰るの時間ももちろん一緒で。この数日間、なんやかんや毎日一緒に帰っている。といっても最寄り駅までだが。
でも……

 (こんなに気まずい空気になったのは、初めてだ)

 いつもなら桐崎がうるさいくらいに次から次へ話題を振り話しかけてくるのに、今日はその彼が静かだから。

 ちらりと隣を見ると桐崎はどこか思い詰めたように難しい顔をしていて、でも何を話せばいいか分からなかった俺は、ぼーっと空を眺め続けた。
 数ヶ月前なら真っ暗だったこの時間でも、夏に移りかけているこの季節は、まだ空が明るい。
 
 青、水色、紫、オレンジ、赤——この季節のこの時間の夕焼けはなんと形容していいか分からないくらい綺麗だ。
 まるで画家が描いた絵がそのまま浮かんでいるかのような美しいグラデーションに見惚れていると、どうしても自分の視界に入る黒が気になる。

 (前髪、邪魔だな……)
 前髪に触れた瞬間、今隣に彼がいることを思い出してそっと腕を下ろした。
 (まあいいや、慣れてるし)
 そんな俺の様子を見ていたのか、「切らねぇの?」と桐崎が聞いてきた。
 
「切らない。これが一番落ち着く」 
「でも今、邪魔そうだったじゃん」
「今はな。外にいるときはこれが一番良いの」
 
 そこまで言って、うわ、言い過ぎたなと数秒前の自分を自責した。
 桐崎は変なところで勘のいい奴だから、きっと……

「へ〜。じゃあ家の中じゃ前髪上げてるんだ」

 ——ほら、なぜか言い当ててくる。
 ここで変に言い訳しても苦しいだけなので、素直に頷いた。
 
「俺、人と話すの苦手だから。目線を何かに遮られてる方が落ち着く」
「別にそこまで会話が苦手そうには感じなかったけどな」
「それは、相手が桐崎だから」
「……ん?」

 桐崎はコミュ力があるし、話題をこちらに振ってくれる。俺が話さなくても盛り上げてくれる。
 だから普通の人よりも断然話しやすいのだ。桐崎がクラスの人気者なのも頷ける。
 まあだからこそ、その桐崎が黙っているとこうして会話が消えるのだけど……。

 ふと隣を見ると、桐崎が居ないことに気がつく。
 周りを軽く見渡したあと後ろを振り返ると、俺のニ・三歩後ろで立ち止まった桐崎がなぜか俯いたままガックリと落とした膝に左手をつき、右手で額を抑えていた。
 
「……え、なに。どしたん?」
「いや、マジちょっと……はぁ……」
 
 桐崎は小さな声で何かをブツブツと呟いた後、何事もなかったかのようにまた俺の隣に並んだ。

 さっきみたいに、お互い無言で歩いていく。
 でも、不思議とさっきよりも心地良い空気が流れていた。