イケメン棒読み演劇部員の練習に巻き込まれました

「なあ、『愛』って何だと思う?」
 
 顎に手を当て、真剣そのものな顔でこちらを見つめてくる桐崎に思わず「は?」と声が漏れる。
 
  
 今日も俺と桐崎は放課後旧3-A教室にこもって練習していた。
 日も完全に落ち、窓の外はもう真っ暗だ。
 下校時間も迫っているしそろそろ帰ろうかと荷物をまとめていると、桐崎が手を滑らせて持っていた台本を床に落とした。
 
「あっ」
「もう、何やってんだよ」
「ごめんごめん」
 
 桐崎はしゃがみこんで台本を拾うと、そのまま落ちた時に開かれたページをぼーっと眺めていた。
「何やってんだよ」
「いやさ……」
 下を向いていた桐崎がぱっと顔を上げた。

 ――で、先ほどの言葉が発せられた、というわけだ。

「急になんだよ」
「いやさ〜、他人を愛するって一体どんな感じなんだろうなって思って……」
 桐崎は「ほら」と言って持っていた台本をこちらに見せてきた。
 覗き込むと、そこは丁度、王子オリジンが少女フィルに気持ちを伝えるシーンだった。

❋❋
 
 オリジン:『私の運命の相手は貴方だったのですね、フィル』
 フィル:『王子、でも……私はただの平民です。王子と一緒にはなれません』
 オリジン:『フィル、君が好きだ。愛している。ずっと一緒にいたい。フィルはどうだい?』
 フィル:『っ……。私も、王子が好きです。本当はずっと……ずっと一緒にいたいですっ!』

 オリジンとフィルは手と手を合わせ、見つめ合う。
 お互いの気持ちを確かめ合いようやく結ばれた二人は、嬉しそうに微笑んだ。
 
❋❋
 
「——つまり、オリジンがフィルを愛する気持ちがわからない……ってとこか?」
「そう! 俺、恋愛とかしたことないし」
「……え!?」
 
 意外だ、意外すぎる。この顔で、このルックスで、このフェイスで、恋愛経験0だと……!?
 
「付き合ったこととかねぇの?」
「ない」
「こ、告白とかされるだろ?」
「されるけど……好きでもない人と付き合うのは不誠実だろ?」
 まあ、それもそうかと頷く。
 ここ数日でわかったことだが、桐崎は真っすぐだ。驚くくらいに。だからこそ、好きでもない人と付き合うような人ではないと納得してしまう。
 
 ——ん? 真っすぐ……?
 
「それだ!」
「どれだよ!?」
「難しく考えすぎんな。愛だの恋だの言ってるが、結局は『好き』ってことなんだよ」
「好き……」
「そ。桐崎、好きな食べ物は?」
「え、ハンバーグ」
 
 ——うわぁ、好きそう……。
 
「オーケー、ハンバーグだな。じゃあ今、目の前に出来たてハンバーグがあると思って、このハンバーグに愛を伝えてみよう!」
「……はい?」
 俺はカバンから筆箱を取り出し「はい、これをハンバーグだと思って!」と桐崎の目の前に置いた。
 
「いやいやいや、これどう見ても筆箱だろ!?」
「そこはお前の演技力と想像力で何とかするんだよ!」
「無茶言うなよ!?」
「無茶じゃねぇよ」
 実際、俳優には演技力も想像力も大事だ。
 なんなら、それが一番大事と言っていいくらい。
 
「お前はさ、例えば人殺しの役をすることになったとして、監督やプロデューサーに『人を殺したことないので無理です〜』って言うのか?」
 
「…………言わない」
 
「だろ? だから、近い感情から全てを想像するんだ」
 
「近い感情から、想像……」
 
「そ。俳優ってのはさ、自分じゃない誰かを表現する職業だから。徹底的に調べて、その境遇とか感情とか行動とかを全部想像して、その『役』を役だと思えなくなるまで自分に叩き込むんだよ」
 
 例えば人殺しの役なら、それを楽しんでいる愉快犯なのか、憎しみで動いている復讐か、命令されて無理やりさせられているのか……など、単に『人殺し』でも殺すときの感情や動機は様々だ。
 楽しんでやってるなら、どんな『楽しい』なのか。
 それに近い感情をまた探して、想像する。それの繰り返し。
 それを繰り返して繰り返して、見つけた先にあるのが『役の核』だ。

「お前はさ、良くも悪くも真っ直ぐだから。役の感情を想像して深めて、共感していくやり方が一番合ってると思うぞ」
 
 長い前髪のカーテンの先にいる、桐崎の目を見つめる。俺の視線に気がついた桐崎は深く頷くと、俺の筆箱に真剣に向き合い出した。
「よし、想像しろ桐崎。そのハンバーグはどんなハンバーグだ?」
「ゴストのチーズinハンバーグ!」
「そうか、なら、それは出来たてホヤホヤか?」
「もちろん! 鉄板熱々の湯気モクモクだ!」
「よし! そのハンバーグの好きなところを沢山伝えろ!」

「もうさ、俺チーズinハンバーグのことめっちゃ好き! 中からトロってチーズと肉汁が出てきて、濃厚なチーズとお肉の相性バッチリでさ! もう毎日でも食べれる! 好きだ!!」

 イケメンが胡座をかき筆箱に向かって好き好き言ってるのは、なかなかシュールな光景だった。
 いや、俺がやれって言ったんだけどさ……。
 横を向いて、桐崎にバレないよう肩を震わす。
「おい、バレてるからな」
 が、バレていたらしい。こちらを見てムスッと唇を尖らせている。一瞬可愛いと思ってしまったのは、コイツの顔が良すぎるせいだろう。
 ほんと、どんな表情も似合うな、コイツは……。
 
「いや、筆箱に好き好き言ってるの、シュールだなって、思って……っ……」
「織宮がやれって言ったんだろぉ!?」
「だから横向いてこっそり笑ってただろ?」
「やっぱ笑ってんじゃん!」
 拳を握りしめてプルプル震えてる反応が面白くて、堪えきれずふはっと笑うと、桐崎の動きがピタリと止まった。
 
 黒曜石のような瞳が、射抜くようにまっすぐこちらを見ていた。
 
 ——あ、まただ。
 
 桐崎に見つめられると、何故か心臓が痛くなる。あの屋上の日も初めて練習した日もそうだった。
 ギュッと胸元のシャツを握ると、バクバクと激しすぎるくらいに高鳴っているのがわかった。
 この心臓をなんとかしたくて目をそらしたいのに、できなくて。ただその吸い込まれそうな美しい瞳を見つめ返すことしかできなかった。

「織宮……」
「なっ……!? 桐崎、止まれ……!」
 桐崎は俺を見つめたまま、のそっと立ち上がりこちらに近づいてきた。
 ——なんか、このままだとやばい気がする。
 あの真っ黒な瞳に吸い込まれて、戻れなくなりそうな、そんな変な予感がした。
 
 逃げようとしたが、なぜか腰が抜けたようで全く立ち上がれなかった。
 その間もジリジリと桐崎は近づいてくる。
 俺はなんとか桐崎から離れようと、硬直した身体を懸命に動かし床に手を付けながら後ずさりした。
 しかし、座っている俺と立っている桐崎なら、当たり前に桐崎の方が有利で。
 壁に背中が当たる。顔を上げると、桐崎がもう目の前まで来ていた。
 完全に追い詰められてしまった。
 桐崎はゆっくりしゃがみこんだかと思うと、俺の両肩に手を置いた。


「き、桐崎——」
「織宮、好きだっ……!」


 瞬間、世界に音がなくなったかのように周りの雑音が何も聞こえなくなった。
 耳には桐崎のよく通る声しか入ってこない。
「は……?」

 その時、最終下校時間を継げるチャイムが学校中に鳴り響いた。