イケメン棒読み演劇部員の練習に巻き込まれました

「織宮ー! 行こうぜ!」
 次の日の放課後、俺は早速桐崎に捕まっていた。
「ちょっ……!? 手掴まなくても自分で行けるから! ……離せ!」
「ほら、早く行くぞー!」
「おい待て!」
 ――人の話を聞けぇぇぇ!
 桐崎は俺の腕を掴むと教室を飛び出しズンズンと廊下を大股で歩いていく。
 俺は後ろから着いて行きながら桐崎に掴まれた手を解こうとするが、一向に離してくれない。
 (昨日も思ったが、コイツ力が強過ぎる……!)
 この馬鹿力にはどうしたって勝てない。俺はため息を一つ吐き、振りほどくのを諦めた。ここは素直に諦めることも、賢い生き方というやつだ。変に暴れても面倒くさいだけだからな。
――それよりも……。
 先程からこちらをジロジロと見ている周りの視線の方が気になる。
 俺も桐崎も身長は高い方なので、揃うとどうしても目立ってしまう。
 しかも、片方は超イケメン。もう片方は目が隠れるほど前髪の伸びた地味男子。格差が酷い。
 こちらを見てコソコソと何かを話している女子生徒も、面白そうに囃し立てる男子生徒も、全部視界に入れないようにする。
 (これも内申のため、内申のため……)
 俺は心の中で何度も唱える。そう、これは全て内申点のためなのだ。

 明怜学院は全校生徒部活必須の学校なので、部活動は内申点に大きく関わる。
 サボったりしても特に内申点を下げられることはないが、逆に成果を出せば大きく加点されるのだ。

 つまり、ボランティア部の活動として桐崎の練習に付き合い、無事に桐崎が主演を獲得できれば、それは部活動の成果と認められ、俺の内申に加点される。
 桐崎も主演の舞台に立てる。
 お互いにWin-Winな関係なのだ。
 昨日桐崎が俺に「織宮にも得がある」と言ったのは、このことだったりする。
  
「なあ、どこ向かってるんだ?」
 前を歩く桐崎に小さな声で尋ねる。
 朝の内に桐崎から「練習場所は確保したから安心してくれ」と言われていた。てっきり昨日と同じ屋上だと思っていたのだが、桐崎はどんどん真反対に進んでいく。
 この先には、改装工事後に使われなくなった旧校舎――西校舎しかない。
 俺の問いかけに振り返った桐崎はニヤッと笑ってポケットから鍵を取り出し、俺に見せる。
「西校舎の旧3-A教室、顧問に話したら練習所として使っていいって鍵渡された。西校舎は誰も使ってないから大声も出し放題だ」
 西校舎にちゃんと行ったことがないのでわからないが、元々教室として使われていたならそれなりに大きな部屋だろう。練習にはもってこいだ。
 しかし、俺の中には一つ懸念点があった。
「で、その旧3-A教室は綺麗なわけ?」
「……知らん」
 先ほどまでの自慢げな表情はどこへやら、桐崎は気まずそうに目をそらした。
 最近は全く使われていない旧校舎の教室。
 流石に去年の年度末には掃除されていると思うが、それでももう半年前だ。埃が溜まっていてもおかしくない。
 俺たちの間に、イヤな予感が積もる。

 そしてその予感は見事的中し、俺たちは練習前に教室の掃除をするという重大なミッションが課せられた。

***
 
 改装工事後めっきり使用されなくなった西校舎は、主に物置として使われている。
 その中でも旧3-A教室は物もない、ただの空き教室のようだった。教卓もロッカーも、なんなら机や椅子すらもない。あるのは壁についている大きな黒板だけだ。
 しかし、その分広さは十分にあり練習にとても適した場所だった。だからこそ、演劇部の顧問も桐崎にここの鍵を渡したのだろう。
 改めて見渡すが、本当に使いやすそうな教室だ。
 ――この埃の山さえなければな!
 俺と桐崎は顔を見合わせ旧3-A教室から飛び出した。
 別の教室から掃除ロッカーを見つけ出し、箒と雑巾を拝借して戻って来る。

 「……よし、掃除するぞ!」
 「おーー!」
 元気な男子高校生二人の掛け声とともに、時期的には早すぎる大掃除が始まった。


 三十分後、見違えるように美しくなった教室の床に二人して寝転がっていた。
 箒で埃を集め、雑巾で床をピカピカにした。今この旧3-A教室には塵一つ落ちていないだろう。
 正直、もう達成感でいっぱいだ。
 しかし、今日の本題はまだ始まってすらない。
 俺は気合を入れ直して上半身を起こし、胡座をかいて座った。
「……で、頼んでたやつ持ってきてくれた?」
 俺が問いかけると、桐崎も起き上がり自信満々の様子でカバンから冊子を取り出した。
「ほら、これだろ」
 俺が頼んでいたもの、それは、今年の夏公演の台本のコピーだ。流石に演劇部員でもない俺が台本を貰うわけにはいかないので、桐崎に全ページコピーしてきてもらった。コピーならギリギリセーフだ、多分。
 桐崎から冊子を受け取った俺は、早速ペラペラとめくってみた。
 
 その時、胸がズキリと痛んだ。
 何かに締め付けられているような頭痛。
 目の奥が重い――。
 
 目頭を押さえながらパタリと静かに冊子を閉じると、桐崎が「どうした?」と声をかけてきた。
「……いや、なんでもない」
「本当か? 体調悪いなら今日はもうやめて帰ろうぜ」
「あ〜……いや、マジで何でもない。ちょっと目に前髪入って痛いだけだから」
 桐崎は「なんだよ〜」と安心したように笑った。
「てか、前髪切ったら?」
「切らない」
 俺の返事に何故か不満げな顔をする桐崎。口を尖らせてブツブツ何か言っているが、生憎俺には聞こえなかった。
 俺は深く深呼吸してから、もう一度冊子を開いた。
 軽く読んでみたところ、今回のお話はラブストーリーのようだった。

❋❋
 
 とある国の王子『オリジン』が偵察の為変装をして下町に降りたところ、小さな女の子を庇って怪我をしてしまう。そこを通りかかった下町の少女『フィル』が手当てしたことがきっかけで、オリジンは彼女に恋に落ちる。
 優しい彼女にどんどん惹かれていくが、身分の差もあり簡単にはいかない。
 一方フィルも、実はあの日オリジンに一目惚れしていて――。

 オリジンとフィルが身分差や周りの反対など数々の苦悩を乗り超え幸せを掴む、王道ラブストーリー。

❋❋
 
「なるほどな……。で、お前が狙ってる役は」
「もちろん、『オリジン』だ!」
 これまた自信満々に答える桐崎に、俺は顎に手を当て考える。
 桐崎は顔だけみれば誰よりも王子様だ。顔『だけ』みれば、な。
 演技力はとても主演を張れるものではない。それは昨日だけで散々思い知った。
 ここから主演を勝ち取る演技力を鍛えるには最低一ヶ月……いや、二ヶ月は必要だな。
 そこまで考えてふと思う。
 そういえば――

「なあ、役のオーディションっていつなんだ?」
「ん? 一週間後」
 ――まじかよ、嘘だろ……。

 平然と答える桐崎にこちらが頭を抱える。
「おいおいおいおい! 一週間後!? 無理だろ!」
「なッ……!? いけるし!」
「今でその出来だろ!? 無理だよどっから湧くんだよその自信は!」
 俺はもう一度冊子を開いた。めくってもめくってもオリジンの台詞。当たり前だ、『主演』なのだから。
 これを、今の桐崎に務まるかと言われると……。
 
 俺はハァと息を吐き、長い前髪越しにしっかりと桐崎の目を見つめた。
 これから言うことは、桐崎にとっては厳しい意見になるだろうから。
「桐崎、正直……残り一週間でこの出来は不味い」
「…………」
 桐崎は何も言わなかった。
 きっと、桐崎自身もわかっているのだ。
 わかっていながらも、抗おうとした。
 演劇部でもない俺に縋ってしまうくらい追い詰められながら。
 誰にでもわかる、ただ当たり前のことを言っただけの俺を、まるで一筋の光を見つけたように手を伸ばしてしまうくらい。

 ――でも、俺じゃお前を救うことはできねぇよ。演技が出来ない俺には。

「桐崎が主演を取れる確率は、多分1%もない。……それでも、お前は俺と練習するか?」
 桐崎は、何も言わなかった。
 俯いて、拳をギュッと握りしめていた。
 指が白くなるほど強く握られたそれを俺は見ていられなくて、そっと桐崎の手を取った。ほぐすように指を一本ずつ広げていくと、手のひらに爪の跡がくっきりと残っている。
「――る」
「ん?」
 耳に届いた小さな声に顔を上げると、桐崎が真っすぐこちらを見ていた。
 
「やる。ここで何もせずに諦めたくない!」

 黒曜石のような美しい黒い瞳に見つめられ、心の臓がドクンと高鳴る。
 
 コイツには、確かに才能がある。
 一度見たら誰もが目を離せない訴求力、人を惹きつける天賦の才能が――!
 コイツはいつか、必ず国民的俳優にのし上がるだろう。
 しかし、今はまだその土台にすら立てていない。まだ未熟すぎる。
 
 俺はもう一度冊子を眺めた。
 一年生、しかも棒読みで演技力皆無……主演を取れる可能性は限りなく低い。しかし、逆に言えば演技力さえ何とかなれば、可能性は一気に広がる。
 コイツの才能を最大限活かせば、もしかしたら……!


「……うし! そうこなくっちゃな」
 俺は立ち上がりビシッと人差し指を桐崎に向ける。
「この一週間で仕上げるから、覚悟しとけよ!」
 俺の言葉に桐崎の瞳がキラリと輝く。
 なんだろう、桐崎の後ろで尻尾がブンブン振っているのが見える。
「おう! 頑張ろうぜ、相棒!」
「おい、誰が相棒だ」
 俺たちは熱い握手を交わした。
 やるぞ、一週間でコイツの演技力を爆上げさせてやる!


「頑張るぞ、俺の内申点のために!」
「そこは俺の主演のためだろ!」
 グッと親指を立てた俺に桐崎が鋭いツッコミを入れる。大きすぎるその声は、西校舎内に響き渡った。