イケメン棒読み演劇部員の練習に巻き込まれました

「で、秘密の告白って?」
「……俺さ、演劇嫌いだったんだよ」
「は!?」
 
 きっと予想外の告白だったのだろう。さっきまで泣きそうだった桐崎の瞳が大きく見開かれた。
「ふはっ、そんな驚くか?」
「いやだって……。え、じゃあ俺、織宮が嫌いなものに無理やり付き合わせてたのか?」
「最初はな」
「うわぁ……マジでごめん」
「『最初は』って言ってるだろ」
 最後まで話を聞けと、桐崎の頭をコツンと叩く。
 
「昔ちょっとだけ、演技やってたんだよ。俺も」
「……そう、だよな」
「え、気づいてた?」
「いや、だって詳しすぎるし。軽くセリフ読んでるだけなのになんか異様に上手いし……」
「ありゃ、バレてた? もう何年も前だから下手っぴになってると思ってたんだけどな〜」
 俺はそっと視線の先にある窓を見た。
 青い空から覗く太陽が光を放ち、窓を突き抜けてこちらまで届く。
 俺だって昔は、ああやって光を届ける存在だったんだ。

「昔はさ、演技大好きだったんだ。小さい頃事務所にスカウトされて、習い事感覚でスクールに通って。先生も大人の人もみーんな褒めてくれるから嬉しくて、演技が楽しくて、めちゃくちゃのめり込んだ」
「じゃあ、なんで……」
「俺が演技上手すぎたっていうか……まあ、嫉妬? 今思えば可愛いものなんだけど、同じ事務所の子達から嫌がらせ受けるようになったんだよ」
 
 最初は課題の台本に落書きされたりとか、可愛いものだった。周りに心配をかけたくなかったし、演技が好きだったから我慢してた。すると次第にどんどんエスカレートしていった。
 
 ある日は水をかけられ、ある日は靴を捨てられ、ある日は——
「俺が何も言わないから面白くなかったんだろうな。一回、ロッカーに閉じ込められたんだよ」
「そんなことっ……」
 桐崎が絶句したように口に手を当てる。憧れの世界の裏にこんな事があるなんて、想像はしてても実際に人から聞くのはまた違うのだろう。
 
「それまでずっと我慢してた。でもそれが完全にトラウマになって、台本すら開けなくなった」
 演技に関するものを見ると、アイツらの顔が浮かぶようになった。
「演技が嫌いというか、演技にトラウマを持っちゃったわけ。で、事務所も退所して、それから一切演劇に関わらなくなりました。おしまい」
 ちゃんちゃんと明るく手を叩くが、桐崎の顔は曇ったままだった。
 
「それからずーっと演劇が嫌いだった。見たら苦しくなるから。練習の最初の方も、台本見るだけで頭痛くなってさ」
「織宮、ごめ——」
「でも、桐崎がそれを変えてくれたんだ」
 謝ろうとする桐崎の言葉を遮り、両手でそっと桐崎の手を包み込む。
 
「嫌なくらい真っ直ぐで、演劇大好きオーラが飛んでてさ。ああ、俺もこれくらい好きだったなって、思い出させてくれたんだ」
 桐崎といると楽しくて、演劇が本気で好きだった時のことを思い出せた。
 
「練習に付き合ってるうちに楽しくなっちゃって、いつの間にか台本も普通に読めるようになってた。全部、桐崎のおかげだよ。俺の大切なものを思い出させてくれてありがとう」
「いや俺、何にもしてない……」
「いーや、俺は桐崎の隣にいるだけで楽しかった。明るくて、一生懸命で、演技を本気で楽しんでいるのを見ていたら、だんだん俺も桐崎の事が好きになっていった」
「うん……うん? 今、なんて?」
 静かに話を聞いていた桐崎が、目をまんまるにして固まってしまった。こんな姿も可愛いと思うのは、惚れた弱みだろうか。
 ちゃんと、もう一回言ってやる。今度は桐崎にきちんと伝わるように。
 
「だから、桐崎が好きだって言った」
「え、まじ?」
「マジ、大マジ。俺も桐崎の黒曜石みたいな綺麗な瞳で見つめられると、ドキッとするようになっちまったんだよ。責任取れコノヤロー」
「……まじ?」
 未だに信じられないと顔を真っ赤にしている桐崎に思わず笑みが溢れる。
 
「まーじ。俺はさ、昨日ほんとは……指、なくてもいいと思ってたぞ」
「まじ?」
「桐崎くんさ、『マジ』以外の語彙どこにやったわけ? ちゃんとマジだから、信じて」
 
 というか、本当の意味で桐崎を『好き』だとちゃんと理解したのは昨日のあの出来事だった。
 (桐崎と、ちゃんとキスしたい……)
 そう、思ってしまった。
 この時ようやく俺は、桐崎のことが恋愛の意味で好きだと自覚して、認めたのだ。
 
「まさか桐崎も同じだとは思わなかったけど」
「それは、俺もだよ」
「あ、マジbotから抜け出したか?」
「おかげさまで。未だに色々頭の中整理ついてないけどな。織宮が俺のことが好きで、演技経験者でって、意味わからん」
「それはすみません。で、もう一個だけ混乱させていい?」
「混乱させる前提かよ。まあもういいけど」
 もう驚くことはないと言う桐崎に、俺はニヤリと口角を上げた。

「俺さ、事務所に所属してた時の芸名『萩原月』っていうんだ」
「……は?」
「萩原が母親の旧名で——」
「待った待った! は、え、マジで?」
 頭を抱えて混乱している桐崎を見て俺はケラケラと笑う。そこまで驚かれると逆に面白くなってしまう。

「はははっ! ……で、付き合ってくれんの?」
「待て待て、ちょっと待って。俺まだ整理できてないから……ん? 付き合う?」
「うん。だって俺ら両思いなんだろ? 俺は桐崎と付き合いたい。桐崎は?」
「お、俺だって、織宮と付き合いたい!」
「ははっ、そっかぁ!」
 その言葉を聞いて俺は嬉しくなって、目を瞑って桐崎を見上げた。
 桐崎は恐る恐る、昨日のように俺の唇に手を当て優しく撫でる。

「なぁ、本当に指なくていいのか?」
「いいって。指無しでしてほしいって、さっき言っただろ」
 そう言っても一向にキスしてこない桐崎に俺は待ちくたびれて片目を開けると、緊張で顔を真っ赤にさせている桐崎と目が合う。
(照れてる、可愛い)
 俺は目の前にあるネクタイをグイッと軽く引っ張った。桐崎が体勢を崩して前に倒れてくる。
「ん゛!?」
 チュッと音を立てて俺と桐崎の唇が重なる。
 軽い一瞬のキスを終え目を開けると、桐崎は混乱したように顔を真っ赤にさせていた。かという俺も顔が熱いから、きっと人のことは言えないのだろう。

「俺のファーストキスを差し上げたんだ。責任取れよ、ばーか」
「ばか、俺もファーストキスだわ」
「あはは、そうだったな」

 俺が笑いながらそう言うと、桐崎が俺の前髪をそっと撫でて耳に掛けた。視界がクリアになり、桐崎の顔が――美しい瞳が、きちんと見える。
「本当に、綺麗だな」
 桐崎が手をそっと握ってくる。まるで、劇の王子様――オリジンのように。
「……もちろん、責任は取る。幸せにする。俺の運命の相手はお前だったんだな、織宮」
「……こっちのセリフだよ、桐崎」
 劇中のセリフを引用する桐崎に照れながらも同じように答えると、俺はオリジンのとあるセリフを思い出した。

「なあ」
「ん?」 
「俺のこと、『絶対離さない』?」
 俺の言葉の意味をわかったのだろう。桐崎は目尻をこれでもかと下げると、ぎゅっと強く俺を抱きしめた。

「当たり前だ、離してやるもんか」
「ふはっ。俺だって、もう離してやれねーからな!」
 見つめ合って、今度は桐崎からキスをしてくれた。優しいキスに、俺はそっと桐崎の首に腕を回した。

 これは、将来日本を代表する俳優になる二人が運命の相手(恋人)と巡り会う、出会いと始まりの物語だ。 
 
《完》