「おかえりなさいませ、花梨さん」
「おかえりだニャ」
「支配人さん、クロちゃん。本当にありがとうございました」
一点の曇りもなく笑えるようになった私は、ただ深々とお辞儀をしていた。
「でもニャ、夢ってことにしてホントに良かったのかニャア?」
「うん、優太は真面目だからね。現実で本心を言ってしまったとか、知らない方が良いと思うから」
『柚花が生まれてこなかったら良かった』
そう口にした優太は、自分を傷付けることを止めなかった。
だから最後に二人で話したのは、夢だと思っておいたほうがいいの。
……優太、ごめんね。やっぱり、一人で苦しんでいたんだね。
本当は私、気付いていたの。柚花に対して、複雑な思いがあったこと。柚花から目を逸らす、その仕草から。
そんなわけないと自分に言い訳して、優太に理想の父親像を押し付けて。そんな私が、一番優太を追い詰めていた。
「花梨、大丈夫かニャ?」
やはりクロちゃんは私の気持ちを分かってくれているようで、足元でフワフワの頬を擦り付けてくれる。
相手の本音に向き合うのって、やっぱり勇気がいることだったんだね。
でも死んでしまってからは、全てが遅い。
私と、菜穂のように。
『花梨のバカ! 何で言ってくれなかったの!』
死後の世界で泣き腫らしていた時、遺影の横に置かれていた紙切れがパサッと落ちてきて、触れることは出来なかったけど、開かれていたから読むことが出来た。
おそらく私の死を知った菜穂が、わざわざ遠くのウチまで来て線香を上げてくれて、手紙を置いていってくれたのだろう。
私は癌が発覚してから、理由をつけて菜穂と会わなくなった。
先が長くないことが分かったら連絡を返すのをやめて、余命宣告を受けた時に菜穂に別れを言わなくて良いのかと聞かれても、迷惑だろうとどうしても連絡は出来ず、私の死は伝えないでほしいと家族に頼んであった。
だけど菜穂は来てくれた。私の死を悼んでくれた。
生きている時に連絡を取って別れを告げられていたら、今まで友達でいてくれてありがとうと伝えられたのに。
解消出来なかった、未練の一つだった。
菜穂、あなたは生きてね。旦那さんと子どもちゃんたちと幸せに生きてね。私のぶんまで。
「クロちゃん、ありがとう」
「ニャ?」
「手紙がたまたま落ちてくるなんて、普通ないもんね?」
「ニャ、ニャア」
「しかも開かれた状態でなんて」
「ウニャア?」
菜穂からの手紙を読んだからこそ、この未練は解消しないといけないと思えて、優太に話しかけることが出来たの。
だから、ありがとう。
「花梨さん、そろそろ」
「支配人さんは?」
これからどうするのですか? と言えず、言葉に詰まってしまう。だって、ずっと生と死の間を彷徨っているなんて、そんな……。
「私はここで、白猫様と共に彷徨える魂を導く務めを果たしていきたいと思っております。魂が成仏していく姿を見届けていくことで、己に成仏とは安らかなものだと言い聞かせております。ですから、花梨さん、ありがとうございました。あなたの憂のない表情は、私の心に深く刻み込まれました。しかし私も、元は人間。記憶は曖昧で、いずれ忘れてしまいます。ですから、最後に写真を撮らせてもらえませんか? フラッシュの光りで、花梨さんが行くべき場所へと送り届けます」
「はい」
せめてものの恩返しだと撮影用の椅子に座ると、今までの私の人生と呼べる記憶写真が魂の中で駆け巡っていく。
辛かったこと、苦しかったこと、楽しかったこと、幸せだったこと。
色々なことがあったけど、私はひたすらに生きてきた。
だから、最後ぐらい自分を肯定してあげよう。
よく頑張ったね、私。
「花梨、お疲れ様だったニャ」
私の胸元に飛び込んできてモフモフとしてきたクロちゃんに、私は思わず抱きしめていた。
「ごめんね、あんなにお世話になったのに、白猫様を忘れてしまっていて」
小さい頃からの秘密基地で、生きづらさを感じた中学生の頃には私を優しく迎え入れてくれて、優太と過ごしたかけがいのない場所だったのに、専門学生になった私は祠に行かなくなってしまった。
なのに癌になったら縋るように行って、祠が壊れたことも知らなくて。本当、身勝手な人間だよね。
「人はずっと同じ場所じゃ、いられニャイよ。だから、戻って来ないということは、順調ってやつだと思ってたニャ。ごめんニャ、花梨の病気治せニャくて。せめて遅らせようと願ったけど、力が残ってなかったニャア」
「そんな、私、そんなつもりで祠に行ったわけでは!」
「分かってるニャアよ。白猫像、ふきふきしてくれてありがとうニャ。嬉しかったんだニャア」
それって、中学生の頃の話? そんな二十年ぐらい前のことを覚えてくれていたなんて。
「私も忘れないからね、支配人さんのことも、クロちゃんのことも」
「ダメだニャ、忘れニャイと。前世の記憶はそんなに持てないんだニャア。花梨は、絶対に忘れてはいけニャイ記憶があるニャ」
「おかえりだニャ」
「支配人さん、クロちゃん。本当にありがとうございました」
一点の曇りもなく笑えるようになった私は、ただ深々とお辞儀をしていた。
「でもニャ、夢ってことにしてホントに良かったのかニャア?」
「うん、優太は真面目だからね。現実で本心を言ってしまったとか、知らない方が良いと思うから」
『柚花が生まれてこなかったら良かった』
そう口にした優太は、自分を傷付けることを止めなかった。
だから最後に二人で話したのは、夢だと思っておいたほうがいいの。
……優太、ごめんね。やっぱり、一人で苦しんでいたんだね。
本当は私、気付いていたの。柚花に対して、複雑な思いがあったこと。柚花から目を逸らす、その仕草から。
そんなわけないと自分に言い訳して、優太に理想の父親像を押し付けて。そんな私が、一番優太を追い詰めていた。
「花梨、大丈夫かニャ?」
やはりクロちゃんは私の気持ちを分かってくれているようで、足元でフワフワの頬を擦り付けてくれる。
相手の本音に向き合うのって、やっぱり勇気がいることだったんだね。
でも死んでしまってからは、全てが遅い。
私と、菜穂のように。
『花梨のバカ! 何で言ってくれなかったの!』
死後の世界で泣き腫らしていた時、遺影の横に置かれていた紙切れがパサッと落ちてきて、触れることは出来なかったけど、開かれていたから読むことが出来た。
おそらく私の死を知った菜穂が、わざわざ遠くのウチまで来て線香を上げてくれて、手紙を置いていってくれたのだろう。
私は癌が発覚してから、理由をつけて菜穂と会わなくなった。
先が長くないことが分かったら連絡を返すのをやめて、余命宣告を受けた時に菜穂に別れを言わなくて良いのかと聞かれても、迷惑だろうとどうしても連絡は出来ず、私の死は伝えないでほしいと家族に頼んであった。
だけど菜穂は来てくれた。私の死を悼んでくれた。
生きている時に連絡を取って別れを告げられていたら、今まで友達でいてくれてありがとうと伝えられたのに。
解消出来なかった、未練の一つだった。
菜穂、あなたは生きてね。旦那さんと子どもちゃんたちと幸せに生きてね。私のぶんまで。
「クロちゃん、ありがとう」
「ニャ?」
「手紙がたまたま落ちてくるなんて、普通ないもんね?」
「ニャ、ニャア」
「しかも開かれた状態でなんて」
「ウニャア?」
菜穂からの手紙を読んだからこそ、この未練は解消しないといけないと思えて、優太に話しかけることが出来たの。
だから、ありがとう。
「花梨さん、そろそろ」
「支配人さんは?」
これからどうするのですか? と言えず、言葉に詰まってしまう。だって、ずっと生と死の間を彷徨っているなんて、そんな……。
「私はここで、白猫様と共に彷徨える魂を導く務めを果たしていきたいと思っております。魂が成仏していく姿を見届けていくことで、己に成仏とは安らかなものだと言い聞かせております。ですから、花梨さん、ありがとうございました。あなたの憂のない表情は、私の心に深く刻み込まれました。しかし私も、元は人間。記憶は曖昧で、いずれ忘れてしまいます。ですから、最後に写真を撮らせてもらえませんか? フラッシュの光りで、花梨さんが行くべき場所へと送り届けます」
「はい」
せめてものの恩返しだと撮影用の椅子に座ると、今までの私の人生と呼べる記憶写真が魂の中で駆け巡っていく。
辛かったこと、苦しかったこと、楽しかったこと、幸せだったこと。
色々なことがあったけど、私はひたすらに生きてきた。
だから、最後ぐらい自分を肯定してあげよう。
よく頑張ったね、私。
「花梨、お疲れ様だったニャ」
私の胸元に飛び込んできてモフモフとしてきたクロちゃんに、私は思わず抱きしめていた。
「ごめんね、あんなにお世話になったのに、白猫様を忘れてしまっていて」
小さい頃からの秘密基地で、生きづらさを感じた中学生の頃には私を優しく迎え入れてくれて、優太と過ごしたかけがいのない場所だったのに、専門学生になった私は祠に行かなくなってしまった。
なのに癌になったら縋るように行って、祠が壊れたことも知らなくて。本当、身勝手な人間だよね。
「人はずっと同じ場所じゃ、いられニャイよ。だから、戻って来ないということは、順調ってやつだと思ってたニャ。ごめんニャ、花梨の病気治せニャくて。せめて遅らせようと願ったけど、力が残ってなかったニャア」
「そんな、私、そんなつもりで祠に行ったわけでは!」
「分かってるニャアよ。白猫像、ふきふきしてくれてありがとうニャ。嬉しかったんだニャア」
それって、中学生の頃の話? そんな二十年ぐらい前のことを覚えてくれていたなんて。
「私も忘れないからね、支配人さんのことも、クロちゃんのことも」
「ダメだニャ、忘れニャイと。前世の記憶はそんなに持てないんだニャア。花梨は、絶対に忘れてはいけニャイ記憶があるニャ」



