さよならの記憶写真館

「おとーさん。柚花、牛乳こぼしたよぉ」
「えー!」
 椿の声に連絡帳を書いていた優太の手は止まり、柚花の首にかけてある食事用のプラスチックエプロンをそっと外すと、襟元にビッチリ白い模様が出来ていた。

「……ああ」
 優太は小さく嘆くも落ち込んでいる時間なんてあるはずもく、「はい、バンザーイ」と言いながら柚花の服を脱がせ、椿が持ってきてくれたウサウサのTシャツに着替えるように伝えるが。

「やって! やって!」
 衣類を持っていこうとする優太の手を掴み、「できない!」を繰り返す柚花に、優太は渋々と服を着せてあげる。

「おねーちゃん、パン」
「えー、自分で食べないといけないよー」
「やだー、いやだぁ!」
 足をバタバタとさせる姿に、椿はキャラクターパンを千切って柚花の口に入れてあげ、自分のコップに入っている牛乳を飲ませてくれている。
 それがあまりにも手慣れていて、余計に辛くなっていく。四歳の子が、二歳の子の世話をするなんて。

「ああ、ごめんな椿」
「ううん」
 優太は牛乳を椿のコップに注いで、自分で食べるように言うも、「やー!」と言う柚花に仕方がなく食べさせている。
 鳩時計が七回鳴く頃、七時を伝えられた優太はようやく自分の身支度に取り掛かり、ワイシャツにネクタイを締め、鏡で確認もしない。
 そうしている間に、出発時間の七時十五分になってしまった。保育園の早朝保育は七時半からだから、
 優太の八時半出勤に合わせるとこの時間になるのも仕方がなく、バタバタと三人は出て行った。

 そういえば乳児期より手の掛かった椿にはイヤイヤ期がなかった。それってもしかして私の癌が発覚して大人はみんな険しい表情をしていたから、自己主張出来なかったんじゃあ。
 柚花の甘えは? 一歳頃の家族との信頼関係を形成していく時期に父親と姉は母親のことを気に掛けていて、自分は二の次になっていたからでは。
 二人とも、ずっとずっと我慢していたんだ。

 嵐が去ったように部屋の中は静まり返り、聞こえるのは鳩時計の七時半を知らせる鳴き声だけだった。
 この鳩時計は優太が生まれた時におじさんが買ってきたらしくて、家族三人を見守ってくれて、優太が一人になった時も側にいてくれて、私が一緒に暮らすようになってもいつも元気に時を刻んでくれ、椿と柚花の誕生をおじさんおばさんの代わりに見てくれ、私が死んでも動いてくれている鳩時計。

 奥の仏間に行くと、そこにはおじさんとおばさんの遺影にもう一つ。真新しい額縁に、どこか引き攣った笑顔で写っている私の写真があった。
 ……元気だった頃の写真だな。
 椿が一歳半ぐらいの頃に三人で子どもの国に行って、優太が撮ってくれた写真。
 この頃にはおそらく癌は進行していて、私もその異変に気付いていて、それでも病院に行かなかった。
 自業自得の結果だったんだから、仕方がないよね。

 横に置いてあるのは小さくなった自分の体、遺骨で、そんな物を目の当たりにしても、死んだ実感とか全然湧かないものなんだね。
 だって私が死んでも、当たり前だけど世界は変わらない。家族すら変わらない。
 その方が良いのに、私はどこまで身勝手なんだろう。

 フラッと部屋を歩き回ると、開きっぱなしになっていた押し入れが目に入り、布団を片付けて閉め忘れたのだと手を伸ばすと、見慣れない物があった。

『……え?』
 木製の写真立てには、黒いタキシード姿の優太に、白いドレスに身を包んでいる私。
 記憶写真で見たのと、全く同じ写真。

『本当に、未来が変わっているんだ……』
 押し入れを締めるのを忘れ、部屋の中を歩き回ると、他は特に変わりなく、ウサウサのぬいぐるみも寝室に転がっていた。
 ……久しぶりだね。
 子どもの国に一緒に行った時、優太がくれたウサギのぬいぐるみ。いや違うか、過去を修正したから一緒には行かず、お土産として買ってきてくれたことになるのかな?
 椿は赤ちゃんの頃からこうゆう丸っこい物にはあまり興味ないけど、柚花はウサウサに目を輝かせていたな。
 だから火葬しないでと頼んでおいた。次は柚花を守ってくれたら、そんな思いで。

 リビングに戻ると机に並んだままになっている、プラスチックのコップと平皿。
 片方は水色のプリンセスで、もう片方がピンクのウサウサがプリントされてある幼児用のもの。
 それを見て思い返すのは、ピンクのウサウサが好きだった私に、水色のプリンセスが好きだった澪。
 しっかりした性格は椿は澪に、おっとりとした性格は柚花は私に引き継がれたように思ってしまうほど、その気質や好みまでそっくりだった。

 ああ、これ、お皿カピカピになるやつだ。
 水に付ける時間もないほどに急いでいたと分かる、食卓に乱雑に並ぶ食器。
 朝五時に起きて、洗濯物干して保育園に行く準備して。子供たち起こして、着替えに朝ご飯食べさせて。
 常に起こる子供の想定外のことに対応して七時十五分に家を出て、子ども二人を保育園に連れて行くなんて。食器まで手が回らなくて当然だろう。

 いつもの慣れた動作だった。
 無意識に伸ばした手、これにより私はようやく自分の死を受け入れられることが出来た。
 食器を掴むどころか、触れることすら出来なかったから。
 一瞬、何が起こったのか分からなかったけど、これは当然のことだった。
 一つでも優太の仕事を減らそうと食器を洗おうと思っただけなのに、そんなことすらもう許されないなんて。
 そっか、私……。

『……本当に、死んじゃったんだ……』
 膝から崩れ落ちたのに、膝に当たる痛みも音もせず、私の体は僅かに浮いていた。
 私、歩いていたんじゃない。浮遊していたんだ。
 そんなことが受け入れられず、馴染みのある椅子を持って立ちあがろうとしても触れられず、仕方がなく浮遊しながら何か物に触れようとするも、慣れ親しんだテーブルも椅子も、ウサウサのぬいぐるみも貫通して通り抜けてしまう。
 これが死ぬってことなんだ。

『……ああっ』
 涙が頬を伝って落ちていく感覚はするのに、膝元にあるウサウサは一切濡れることなく、変わらずの笑った口元で目は黒くクリクリとしている。
 最期まで傍にいてくれた友まで、私の存在を否定してくるの?
 そんな八つ当たりみたいな感情が湧き出る自分が嫌で余計に泣けてきて、まだどこかで自身の死を受け入れられなかったことに呆れて涙が止まらなくて、自分が死んでも家族の毎日は何事もなく続いていくのだという現実に、心がヒビ割れていく痛みが押し寄せてくる。

 私は死んで、一体どれほどの涙を流してきたのだろう?
 またこれも、過去修正をする者が負う代償の一つなのかもしれない。