さよならの記憶写真館

「支配人さん、クロちゃん。ありがとうございました」
 そんな気持ちを断ち切ろうと、私は深々と頭を下げる。
 当初に願っていた未来とは違う形とはなったけど、私が死ぬ時に抱えていた未練は大幅に解消された。
 澪は美容師として自分の店を開く夢に向かっていけるし、優太は気象予報士の仕事を続けて娘二人と強く生きていってくれるだろう。
 椿と柚花には手紙を書いておいた。危篤状態の時に呼びかけられ、その時に過った気持ちをそのまま。
 平仮名で柔らかい文章で書いておいたから、学齢期に入る前には読めるかと思っているの。
 柚花には二通。もう一通は漢字で、大人に向ける文章で。開かれることがないように願いながら書く手紙だなんて、なんだかおかしいよね。
 だから、それでいいの。もう思い残すことは……。

「……私は、今だに彷徨っています」
「えっ?」
 閉じていた目を開けると、クロちゃんは支配人さんの足元に寄り添うように頬を擦り付けていて、顔を上げると支配人さんはまた遠くを見るような瞳をしていた。

「花梨さんには、私のようになってほしくありませんからね……」
 濁る目には疲れのようなものが見え、行き場のない魂がどうなっていくのかを教えてくれたような気がした。

「……私は、後悔しています。あの人に謝れなかったことが……」
 気付けば言葉が落ちてきて、私の中での後悔がどんどんと広がっていく。
 それを伝えたら、本当になんてことをしてくれたんだと思われるのが怖くて。大好きな人に嫌われるのが、怖くて。何より、優太の本心を知るのが怖くて。だから……。

 でも、全てが遅かった。
 過去修正が出来るのは一度だけ。私に与えられた二度目の人生は、終わってしまった。
 せっかくチャンスを与えられても、それを活かせられないのが私。死んでまで生きるのが下手なんだから。

「写真には約二百年の歴史があり、その文明は時代の流れと共に発展しています。人々が写真という技術を求め続けたからです。どうして人は、写真は撮るのだと思いますか?」
 えっ、写真を撮る理由?
 ……私は元より写真が嫌いだった。自分の地味な顔が嫌いだったから、澪との差をハッキリ突き付けられるのが苦しかったから。
 だけど。
 椿が生まれて、この一瞬を絶対に逃したくないと写真をひたすらに撮っていた。
 柚花が生まれて半年間、私の入院で一緒に暮らせなかったけど、毎日子どもたちの成長を写真に撮って送ってもらって、生きる活力となっていた。
 だから。

「大切な思い出を残したいから。遠く離れた人に、元気な姿を見せるため……だと思います」
 気付けば、そんな答えを返していた。

「そうですね。写真はその一瞬を切り取り、思い出として残ってくれます。事情により会うことが叶わない相手でも、その一枚の写真に心温まり生きる活力になることもあります。では、優太さんにとって、写真を撮るとはどんな意味があったと思いますか?」

 優太? 優太は。
 優太はところどころで写真を撮ろうとしてきた。
 椿が生まれて一眼レフのカメラとか買ってきて、嬉しそうにシャッターを切っていたな。
 椿だけでなく私も一緒に撮ってきたりして、さりげなく避けていたのに、いつの間にか写っていたりして。
 私が癌になって、髪を失くしたりとかして、控えていたけど。

「人間は、忘れる生き物です。どれほど大切な人でも、大切な思い出でも、時が経てば出来事の記憶は曖昧となり、瞼に焼き付けておいた場面も人の顔も、思い出せなくなります。だから優太さんは、写真を撮っていたのではないでしょうか?」

 確かに優太は私が余命宣告を受けてから、仕切りに写真を撮ろうとしていた。
 私は変わってしまった姿が残ってしまうのが嫌で、カメラを避けてしまっていたけど。
 私はまた相手の気持ちを考えられていなかった。置いていかれる側の気持ちを分かっていなかったんだね。
 優太が、私を思い出す時に見る写真。そんなこと考えたことなかった。

「思い入れのある写真には魂が宿る。そんな言葉聞いたことないかニャ?」
 俯いてしまった私と目が合ったクロちゃんは、次は私の足元に来てくれて頬を擦り付けてくれた。

「現世にある写真を通して、花梨さんの魂を今現在の時間に送ることが出来ます」
 えっ、待って。つまり、死後の世界に行ける……ということ?

 あまりにも想定していなかった話に、私の遅い処理能力は一向に追いついてくれない。
 だけどまさか、死後の世界にいけるなんて。

「ただ、現世に囚われてしまうと彷徨う魂へと変わり果ててしまう可能性があるので、時間は二十四時間。対面出来るのは、その写真に想いを馳せている人物一名のみとさせてもらいます」
「……一人」

 そっか、そうしないと現世を断ち切れないからだ。

 最後に会いたい人は誰なのか?
 会って、何を伝えたいのか?
 私は……、私は……。

 優太の本音を聞きたい。
 私の決断を、今現在どう思っているのか。
 後悔はなかったのか。
 ……柚花のこと、どう思っているか。

 それを聞くのが怖かったからこそ、私は謝ることが出来なかった。
 だけど聞かないといけない。優太が心の奥で溜め込んでいるであろう苦しみに。

「お願いします」
 もう、迷わない。私は今向き合わないといけないんだ。自分が下した決断と、その責任と。

 自ら座った撮影用の椅子に体を預けるも、体は硬く、表情なんて見られるものではないだろう。

「支配人さん、お願いが……」
「分かってますよ。ですから、しっかり準備をしてください」
 支配人さんが持ってきてくれたのは控え室にあった置き鏡で、好きだった黒髪ロングヘアを模したウィッグを手櫛で整えていき、涙を拭って、口元を緩める。
 これが最後の写真となるだろう。
 だから私は笑いかける。優太が私に思いを馳せる写真が、引き攣ったままのものだったら嫌だから。

「では、いきます」
 パシャと音が鳴っても今までみたいなフラッシュはなく、瞬間移動したように意識は途切れず、目の前には懐かしい光景が広がっていた。