「おかえりだニャ」
「ただいま」
私の魂はあるべき場所へと帰ってきた。死後の世界へと。
「さあ、行くニャアよ」
ソファで寝ている私を肉球でツンツンとして急かしてきて、私はクロちゃんと共に記憶写真がある部屋へと向かっていく。
クロちゃんがいてくれて良かった。じゃないと泣いてしまっていたかもしれないから。
「……なくなってる」
額縁に入っていた写真、泣いて怒る私に、泣きそうな顔をしている優太との一枚はなくなっていた。
同意書を書かせてしまった過去は、消えてくれたんだ。
ふっと横に目をやると、散りゆく桜と壊れた祠を背景に写る優太と私が居て、私は優太の肩を借りて眠ってしまっていて、優太は泣きながら顔を上げていた。
きっと、空を見ていたんだろうな。
『ごめんなさい』
私は、何に謝っているのかを言うことが出来なかった。
だって、それを口にしたら壊れてしまいそうだったから。
「おかえりなさいませ。お疲れ様でした」
支配人さんは初めて会った時みたいに頭を深々と下げてくれて、私もお辞儀を返す。
「最後まで、よく頑張られましたね」
目を細め、どこか遠くを見る姿に、支配人さんも私と同じ人生の終わり方だったのかと考えが過っていく。
「ありがとうございます。確かに自分の最期を追体験せるのは、なかなかでしたね。……私、せん妄はなかったと信じていたので、少しショックでした」
子どもみたいに叫んでいた記憶はなんとなくあったけど、それは危篤状態の時に見た人生の走馬灯的なものだって信じていたのに。
事実をわざわざ突き付けられるなんて、これが過去修正をする者へ課せられた代償なのかもしれない。
「……あ、ご病気ですからね……。みなさん分かってくださってましたよ」
そんな優しい返答に何も返せない私は、ただ頷くことしか出来ない。
せん妄。脳機能の低下により認知能力までもが低下し、今自分の置かれている状況、相手が誰か分からなくなってしまう、それによって辻褄の合わない言動が見られることをいうらしい。
高齢者の人に多いイメージだったけど、脳の機能低下が原因らしいから私もなってしまった。
癌細胞が、脳にまで転移してしまったからだろう。
『お母さん、お父さん! どこにいるの!』
『帰りたいよー!』
一時退院が終わり気が抜けてしまったのか、私は突然叫び出し、手足を仕切りに動かしていた。
酸素マスクを付けるぐらいに息が苦しかったのに、ただ感情のまま。
そんな私に、お母さんとお父さんはすぐに来てくれて、一緒に帰ろうと言ってくれた。
両親も優太も、最期は家で過ごそうと言ってくれたけど、私は拒否した。
家にお医者さんや看護師さんが来てくれる訪問診療とか在宅看取りとかあるらしいけど、結局世話するのは家族だから。
だから私は拒否した。最後の意地だった。
なのに私ったら、両親に向かって「誰?」と言って悲しませて、本当に嫌になる。
私は認知力低下により自身を幼い子どもだと思い込んでいて、求めていたのは年老いた両親ではなく、自分より大きくて弱い自分を守ってくれる両親だった。
そんな私を見かねたのか、澪は面会の時に必ず連れて来てくれた子どもたちを一時的に連れて来なくなった。
母親が子どもに戻った姿なんか、見たくないだろうと。
澪には最後まで助けてもらってばかりだったね。椿と柚花には、母親だった私を覚えていてほしかったから。
だから、ありがとう。そして、ごめんね。姉のそんな姿、見たくなかったよね?
私も、見せたくなかったな。
本当、嫌になるね。私は癌に全てを奪われてたんだって思い知らされて。
健康な体を奪われ、行動の自由を奪われ、夢を奪われ、家族との時間を奪われ、命さえも奪われた。
まさか尊厳までも奪われていたなんて、本当、嫌になっちゃうよ。
歪む視界でなんとかとらえたのは、一枚目の記憶写真。
生まれたばかりの私を母が抱っこしていて、父が寄り添ってくれている誕生の瞬間。
ああ、だからか。
なんでこんな写真あるのかと疑問だったんだよね。
……生まれたことへの後悔……か。キツイな……。
「ただいま」
私の魂はあるべき場所へと帰ってきた。死後の世界へと。
「さあ、行くニャアよ」
ソファで寝ている私を肉球でツンツンとして急かしてきて、私はクロちゃんと共に記憶写真がある部屋へと向かっていく。
クロちゃんがいてくれて良かった。じゃないと泣いてしまっていたかもしれないから。
「……なくなってる」
額縁に入っていた写真、泣いて怒る私に、泣きそうな顔をしている優太との一枚はなくなっていた。
同意書を書かせてしまった過去は、消えてくれたんだ。
ふっと横に目をやると、散りゆく桜と壊れた祠を背景に写る優太と私が居て、私は優太の肩を借りて眠ってしまっていて、優太は泣きながら顔を上げていた。
きっと、空を見ていたんだろうな。
『ごめんなさい』
私は、何に謝っているのかを言うことが出来なかった。
だって、それを口にしたら壊れてしまいそうだったから。
「おかえりなさいませ。お疲れ様でした」
支配人さんは初めて会った時みたいに頭を深々と下げてくれて、私もお辞儀を返す。
「最後まで、よく頑張られましたね」
目を細め、どこか遠くを見る姿に、支配人さんも私と同じ人生の終わり方だったのかと考えが過っていく。
「ありがとうございます。確かに自分の最期を追体験せるのは、なかなかでしたね。……私、せん妄はなかったと信じていたので、少しショックでした」
子どもみたいに叫んでいた記憶はなんとなくあったけど、それは危篤状態の時に見た人生の走馬灯的なものだって信じていたのに。
事実をわざわざ突き付けられるなんて、これが過去修正をする者へ課せられた代償なのかもしれない。
「……あ、ご病気ですからね……。みなさん分かってくださってましたよ」
そんな優しい返答に何も返せない私は、ただ頷くことしか出来ない。
せん妄。脳機能の低下により認知能力までもが低下し、今自分の置かれている状況、相手が誰か分からなくなってしまう、それによって辻褄の合わない言動が見られることをいうらしい。
高齢者の人に多いイメージだったけど、脳の機能低下が原因らしいから私もなってしまった。
癌細胞が、脳にまで転移してしまったからだろう。
『お母さん、お父さん! どこにいるの!』
『帰りたいよー!』
一時退院が終わり気が抜けてしまったのか、私は突然叫び出し、手足を仕切りに動かしていた。
酸素マスクを付けるぐらいに息が苦しかったのに、ただ感情のまま。
そんな私に、お母さんとお父さんはすぐに来てくれて、一緒に帰ろうと言ってくれた。
両親も優太も、最期は家で過ごそうと言ってくれたけど、私は拒否した。
家にお医者さんや看護師さんが来てくれる訪問診療とか在宅看取りとかあるらしいけど、結局世話するのは家族だから。
だから私は拒否した。最後の意地だった。
なのに私ったら、両親に向かって「誰?」と言って悲しませて、本当に嫌になる。
私は認知力低下により自身を幼い子どもだと思い込んでいて、求めていたのは年老いた両親ではなく、自分より大きくて弱い自分を守ってくれる両親だった。
そんな私を見かねたのか、澪は面会の時に必ず連れて来てくれた子どもたちを一時的に連れて来なくなった。
母親が子どもに戻った姿なんか、見たくないだろうと。
澪には最後まで助けてもらってばかりだったね。椿と柚花には、母親だった私を覚えていてほしかったから。
だから、ありがとう。そして、ごめんね。姉のそんな姿、見たくなかったよね?
私も、見せたくなかったな。
本当、嫌になるね。私は癌に全てを奪われてたんだって思い知らされて。
健康な体を奪われ、行動の自由を奪われ、夢を奪われ、家族との時間を奪われ、命さえも奪われた。
まさか尊厳までも奪われていたなんて、本当、嫌になっちゃうよ。
歪む視界でなんとかとらえたのは、一枚目の記憶写真。
生まれたばかりの私を母が抱っこしていて、父が寄り添ってくれている誕生の瞬間。
ああ、だからか。
なんでこんな写真あるのかと疑問だったんだよね。
……生まれたことへの後悔……か。キツイな……。



