さよならの記憶写真館

 積極的治療から緩和治療へと切り替わったけど、当然ながら全ての痛みから救ってくれるはずもなく、苦痛な日々は続いた。
 だけど治療中のことを思えば痛みは半減していて、一日一日を穏やかに過ごせていた。
 桜が舞う、四月。体調が安定している間にと一時退院の許可が出て、久しぶりに実家と、自宅に帰ることが出来た。
 優太は私の退院に合わせて仕事を一週間休んでくれて、家族でゆっくり過ごしていた。

 何かしたいことはないか。食べたいものはないか。どこか行きたい場所はないか。
 毎日聞いてくれるけど、ごめん。
 もう体力がなくて、何も出来ないの。

「……あの祠に行かないか?」
 優太は、確かに祠は失くなってしまったけど、景色はあのままだから見に行こうと言ってくれた。
 行きたいよ。でも、あそこは……。

 椿と柚花は東京から帰って来てくれた澪が預かってくれて、久しぶりに二人で町を散歩した。
 病院から借りた車椅子に座り、痩せこけた私は、間違いなく目立つ存在であろうに、優太は気にすることもなく車椅子を押してくれた。
 辿り着いた先には石段があり、夢で見たものとは違いしっかり形を保ってここに存在していた。

「……綺麗」
 石段の左右に桜が植えられてあり、並木道のように美しい場所。
 中学生、高校生、大学生と優太と見たな。
 大人になったら忙しくて、来れなかったんだけどね。
 そうしている間に、あの祠は崩れてしまったんだね。

「ほら、乗って」
「……え?」
 気付けば優太は私の前でしゃがみ込み、背中を見せてくる。
「祠に行こうよ」
 最後にもう一度行きたいと願っていた場所に行ける。
 昔は私より小さかった背中に体を預けると、軽々と立ち上がり石段を登ってくれた。
 手を繋いで登ってくれたこともあったのにね。
 不甲斐ない自分に少しでも姿勢を保とうとするも、やはり脱力してしまって、変わっていく景色を眺めることしか出来ないまま、頂上まで辿り着いた。
 ふわっと柔らかく吹く風、暖かな陽射し、チラチラと舞う桜の花びら。
 この場所は、変わらず私たちを優しく迎えてくれた。
 祠は壊れてしまったけど、いつも座っている場所は健在で、優太はそこに座らせてくれた。

 大好きだった場所で、大好きだった人と過ごした時間。
 幸せだったな、本当に。

「ありがとう」
 そう声をかけると優太はこちらを見ることもなく、黙り込んでしまった。
 あれ? 前の時はこっち向いて、「うん」と返事してくれたよね?
 言うこと聞かない体をゆっくり動かし少し前屈みになると、優太の手が口元にいっていたと気付いた。

「……ごめんなさい」
 大きいと思っていた背中を摩ると、優太はこっちに顔を向けて、私に思いっきり抱きついてきた。

「ごめん、……泣くつもりなんか……なかったのに」
 声が震え、嗚咽を漏らし、その息遣いが耳元に伝わってくる。
 最後から三番目の記憶写真。本来ならこれは、優太が自宅で泣いていて澪が背中を摩っていたけど、修正後はこの祠前で、相手は私に変わっていた。

 ごめんね、優太。
 あなたを泣かせる未来は変えられなかった。
 私の死を受け入れらないと、泣く未来は変えられなかった。

 癌が全身に転移し、末期癌となった私は、余命宣告を受けた。
 あと、一、二ヶ月ぐらいだって。
 だから最後にと家に帰ってきたの。
 迷惑を承知で。

「……ごめんなさい」
 私は力無い手で優太をそっと抱きしめる。
 そうだった。終末期は体一つ動かすだけでも力がいて、声を出す度に息苦しくて、だからあまり話さないから喉に違和感があったな。
 久しぶりに体感する自分の終末期に、そうだ私は死んだんだったと実感が湧き、より胸が抉れていく。
 だから私は言葉に詰まってしまって、声が出せず、ただ抱きしめることしか出来ない。

 何してるの? 言わないと。だから私はこの場面に戻ってきたのでしょう?
 何度も、何度も、言いたかった言葉。
 次会った時に伝えようと思っていて、結局そのまま最期を迎えてしまった。
 だから、今こそ……。

「ごめんなさい……、本当に」
 だけど私は謝るばっかで、何に対してかを口にしようとすると、どんどんと胸が詰まって、息苦しくなっていく。

 気付けば自分の意思とは反して力が抜けていき、優太の胸元に頭を預けて、眠ってしまっていた。

 ──伝えられなかった。過去も、今も。