最初のうちは、私も必死に闘っていたんだ。
抗癌剤治療に、放射線治療。どれだけ吐いても、せっかく生え始めた髪がまた抜けても、可愛い盛りの娘たちに会えなくても、耐えたんだ。
絶対に治す。優太を一人にしないために、娘たちの母親として生きていきたいから、成長を見たいから、見届けたいから、産み出した責任があるから。
そんな思いで、必死に。
だけど、癌はまた転移して、治療して、次は具合が悪くなって入院して。やっとひと段落だと思ってもまた転移が見つかって、また治療して、体力が落ちたことにより具合が悪くて入院して。
癌になっても完治させたり、治療をしながら日常生活を送れる人だっている。なのに私は、生きるために治療をしているのではなく、治療のために生きている状態だった。
家族と暮らすことは出来ず、好きだった絵の仕事も出来ず、指先は震えてスケッチブックに絵を描くことすら叶わず、腰の激しい痛みに耐えるため寝てばかりいた。
終わりが見えない闘病生活に、私の気力体力はどんどんと削られていった。
夢をみた。何度も何度も、同じ夢を。
私は祠に続く石段をひたすら駆け上がっているのに一向に辿り着くことが出来なくて、石段で転けて治すために痛い治療を受けて、次は足を踏み外して転げ落ちてしまってまた痛い治療をうけて、しかも最初の場所に戻ってきてしまう夢。
登っても登っても、やっぱり一段目に戻されてしまって、疲れたと座り込んだら足元が崩れてきて、私はひたすらに走っていた。
気付けば石段は脆くなっていて、でも登らないと崩れる足元が迫ってきて、立ち止まるわけにはいかなくて。
でも、石段も私も、もうボロボロで。そんな時にまた転けてしまって、私は──。
ピクッとなり目を覚ますといつもの天井で、またこの夢かと大きな溜息が漏れる。
体は変わらず痛く、怠く、何も変わらない私の日常が続いていた。
……足元が崩れる場面は、初めてみたな。
窓からオレンジ色の夕陽が見え、珍しくベッドの頭を上げて景色をぼんやりと眺めていると、平日だというのに優太が病室に来てくれて、真っ青な顔で私を見てくるから気付いたの。
……予知夢って本当にあるんだな。
夕方でも日差しが強くて眩しく、蝉が鳴く、夏の始まり。
また、新たな転移が見つかった。
本人告知はしないように優太が頼んでくれていたようで、私抜きで先生から話を聞いてきたみたい。
また、一人で背負わせてしまったね。
「……ごめんなさい。もう、限界なの……」
同室の患者さんに迷惑かけないようにボソッと呟くと、優太は口元を手で隠し、目を逸らしてきた。
「いや……、花梨が心配することは……何も、起きてないから……。それよりさ、」
どこまでも歯切れが悪く、目を逸らし、不自然なぐらい呼吸が速い。
本当、嘘が下手だね。大人になっても全然変わらないんだから。……吐き慣れない嘘をつかせたせいだね。
ごめんね。
三十一歳、癌が発覚して一年十ヶ月。私はもう、走るのを止めた。
ステージⅣ、今治療を中断したら長くはないと分かっていたけど、それでも私は止めたかった。
全身に走る痛み、肌は荒れ、髪を失い、食事なんて生きるためにしているだけで楽しみもなく、子どもたちの世話は全く出来ていない。
治療をひたすらに頑張ってもこの先は分かり切っていて、……私は娘たちがランドセルを背負う姿を見ることは叶わないだろう。
生きて子どもたちの成長を見たい。
だけど、苦しい治療も転移に怯える日々にも疲れた。
子どもたちを、母親がいない子にしてはいけない。
だけど、私が生きている方が迷惑だよね?
そんな考えがグルグルと巡り、私は治療中止を頼んだ。
優太は私の顔を見つめて、ただ頷いた。
私は来年も、蝉の初鳴きを聞くことが出来るかな?
夏の始まり告げるオレンジ色の夕陽を、懐かしいと思いながら眺めることが出来るのかな?
それは分からないけど、これだけは分かる。
私はもう、長くないということは。
抗癌剤治療に、放射線治療。どれだけ吐いても、せっかく生え始めた髪がまた抜けても、可愛い盛りの娘たちに会えなくても、耐えたんだ。
絶対に治す。優太を一人にしないために、娘たちの母親として生きていきたいから、成長を見たいから、見届けたいから、産み出した責任があるから。
そんな思いで、必死に。
だけど、癌はまた転移して、治療して、次は具合が悪くなって入院して。やっとひと段落だと思ってもまた転移が見つかって、また治療して、体力が落ちたことにより具合が悪くて入院して。
癌になっても完治させたり、治療をしながら日常生活を送れる人だっている。なのに私は、生きるために治療をしているのではなく、治療のために生きている状態だった。
家族と暮らすことは出来ず、好きだった絵の仕事も出来ず、指先は震えてスケッチブックに絵を描くことすら叶わず、腰の激しい痛みに耐えるため寝てばかりいた。
終わりが見えない闘病生活に、私の気力体力はどんどんと削られていった。
夢をみた。何度も何度も、同じ夢を。
私は祠に続く石段をひたすら駆け上がっているのに一向に辿り着くことが出来なくて、石段で転けて治すために痛い治療を受けて、次は足を踏み外して転げ落ちてしまってまた痛い治療をうけて、しかも最初の場所に戻ってきてしまう夢。
登っても登っても、やっぱり一段目に戻されてしまって、疲れたと座り込んだら足元が崩れてきて、私はひたすらに走っていた。
気付けば石段は脆くなっていて、でも登らないと崩れる足元が迫ってきて、立ち止まるわけにはいかなくて。
でも、石段も私も、もうボロボロで。そんな時にまた転けてしまって、私は──。
ピクッとなり目を覚ますといつもの天井で、またこの夢かと大きな溜息が漏れる。
体は変わらず痛く、怠く、何も変わらない私の日常が続いていた。
……足元が崩れる場面は、初めてみたな。
窓からオレンジ色の夕陽が見え、珍しくベッドの頭を上げて景色をぼんやりと眺めていると、平日だというのに優太が病室に来てくれて、真っ青な顔で私を見てくるから気付いたの。
……予知夢って本当にあるんだな。
夕方でも日差しが強くて眩しく、蝉が鳴く、夏の始まり。
また、新たな転移が見つかった。
本人告知はしないように優太が頼んでくれていたようで、私抜きで先生から話を聞いてきたみたい。
また、一人で背負わせてしまったね。
「……ごめんなさい。もう、限界なの……」
同室の患者さんに迷惑かけないようにボソッと呟くと、優太は口元を手で隠し、目を逸らしてきた。
「いや……、花梨が心配することは……何も、起きてないから……。それよりさ、」
どこまでも歯切れが悪く、目を逸らし、不自然なぐらい呼吸が速い。
本当、嘘が下手だね。大人になっても全然変わらないんだから。……吐き慣れない嘘をつかせたせいだね。
ごめんね。
三十一歳、癌が発覚して一年十ヶ月。私はもう、走るのを止めた。
ステージⅣ、今治療を中断したら長くはないと分かっていたけど、それでも私は止めたかった。
全身に走る痛み、肌は荒れ、髪を失い、食事なんて生きるためにしているだけで楽しみもなく、子どもたちの世話は全く出来ていない。
治療をひたすらに頑張ってもこの先は分かり切っていて、……私は娘たちがランドセルを背負う姿を見ることは叶わないだろう。
生きて子どもたちの成長を見たい。
だけど、苦しい治療も転移に怯える日々にも疲れた。
子どもたちを、母親がいない子にしてはいけない。
だけど、私が生きている方が迷惑だよね?
そんな考えがグルグルと巡り、私は治療中止を頼んだ。
優太は私の顔を見つめて、ただ頷いた。
私は来年も、蝉の初鳴きを聞くことが出来るかな?
夏の始まり告げるオレンジ色の夕陽を、懐かしいと思いながら眺めることが出来るのかな?
それは分からないけど、これだけは分かる。
私はもう、長くないということは。



