さよならの記憶写真館

「ご本人が同意していないのに、手術は出来ません。ご家族で話し合ってください」
 母に無理矢理連れて行かれた総合病院で、先生にそう返された。
 先生からしたら予約もしてない患者と家族が病院に押し寄せるなんて大迷惑だったろうけど、時間を取って今の状況を再度話してくれた。

 私が侵されている癌は進行が早く、すぐに転移してしまう可能性が高いから、早急に子宮と片方の卵巣や卵管を切除し、抗癌剤や放射線治療で見えない癌組織を根絶させなければならないこと。
 出産を希望するなら妊婦に使用できる抗癌剤があるからそれで治療を始められるが、放射線治療は胎児に影響が出るから受けられないこと。
 そして現在妊娠五ヶ月、十七週目に入っていることから、あと三ヶ月間胎児をお腹に留めて成長を待ち、妊娠二十八週目を目処に帝王切開での出産。同時に子宮と卵巣、卵管を切除する方法もあること。
 妊娠二十八週は早産で生まれても子どもの生存率が高く、脳出血よる後遺症や弱視などの影響が出にくいからと、一つの基準とされているらしい。

 その話を初めに聞いた時、あと三ヶ月ならと縋ったけど、無理だった。その間に転移してしまったら、予後が大きく変わってしまうから。
 つまり、命を脅かす可能性があるということだった。
 説明責任があるから全て話したが、医師としてそんな危険な出産は容認出来ない。
 だから、子どもは諦めてほしい。再度、説明を受けた。
 しばらく押し黙っていた優太は、手術の予約を入れてほしいと頼んでいた。


『どうして分からないの!』
『あなたが死んだらどうするの!』
『あの子を母親のいない子にする気?』
 先生から説明を受けた母は、より感情的になり、抗癌剤治療のために入院していた私の元に毎日来ていた。

 ……ごめんなさい。
 子どもを亡くしたことがあるお母さんとお父さんに、「子どもを産むな」と言わせるなんて。
 私が良心の呵責に苦しまないように、自分たちがその罪を負う覚悟で言ってくれているのだろう。
 そんなことに気付いていない過去の私は、母にどれほど怒鳴られても、叩かれても、泣かれてしまっても、子どもを産むの一点張りだった。
 どうして?
 本能なのか、理性なのか、意地になっていただけなのか。正直、理由は分からなかったし、傍観している今も分からない。
 娘を、椿を置いていってはいけないと何度説得されても、どうしても決断出来なかった。
 こうしている間に、時間はどんどんと過ぎていった。