さよならの記憶写真館

「何考えてるの!!」
 実家のリビングより、マグカップが割れる音より大きな怒声が響き渡る。同時に私の頬には衝撃が走った。

「自分より、まだ見ない子どもの命を優先するなんて!」
 見たことのない形相と頬のジンジンとした痛みに、ただ私は呆然としてしてしまい、目の前に立つ優太の背中だけを見つめていた。

「お母さん、花梨は具合が悪いんだ。まずは冷静に話し合わないと……!」
 お母さんの体を抑えて背中を摩るお父さんを振り払って、私に伸ばしてきた手を止めてくれたのは優太だった。

「お義母さん、叩くのは止めてください!」
 優太の声に今起きていることがようやく分かったんだったな。私が頬を抑えているのは叩かれたからだったんだ。……お母さんに。

「優太くん! あなたしか説得出来る人はいないの! お願い、手術を受けさせて!」
 優太は肩を掴まれてグラグラと揺らされても無抵抗で、お父さんがお母さんを引き剥がす頃には跪いて泣き崩れてしまった。

「お母さん……」
 父に連れられて行く背中はあまりにも小さく、私より背が高くイキイキとしていた母はそこにはなかった。
 割れたマグカップの破片を拾っていると、どこまでもうっかりしている私は指を切ってしまい、右手人差し指から血が滲んでくる。

 私たち三人を産んでくれた、お母さん。
 母なら命の尊さも、自分より大切な存在があることも、我が子を失う悲しみも、この身に替えても産みたい気持ちも一番に理解してくれると思っていた。

『花梨の気持ちは分かった』
『優太くん、分かってあげてね』
 そう言ってくれると。
 母は私の一番の理解者。
 自分の気持ちが言えなくて、ウジウジして、俯いて唇を噛み締めて。そんな私の気持ちを汲み取り言葉にするようにいつも諭してくれ、「花梨が思った通りにしたら良いんだよ」と言ってくれていたお母さん。

 初めは穏やかに聞いてくれていた。
 話があると言うと察してくれていたみたいで、何があっても二人が選んだことならお父さんもお母さんも何も言わないと言っていた。
 今日の夜に実家に行って、椿を寝かした後にも要件を言えない私たちに、「赤ちゃんに何か見つかったの?」と切り出してくれたのはお母さんだった。
 見当違いの話に押し黙ってしまうと、産むなら応援すると言ってくれた。
 赤ちゃんに病気や障害があっても、孫として受け入れる。両親のその想いに、私はやっと今の状況を打ち明けることが出来た。
 優太とお父さんが反対しても、お母さんなら分かってくれる。味方してくれるって。そう信じていた。
 だけど、どんどんと顔が険しくなったお母さんに、私が出産を優先したいと言った途端に思い切り叩かれた。
 人生、初めてだった。

 呆然とする私の代わりに割れたマグカップを片付けてくれた優太だったけど、「俺も、反対だから」と言い、奥の和室で寝かせてもらっていた椿を抱っこして隣の自宅へ帰っていく。

 この出産を味方してくれる人は誰もいない。
 その現実を突き付けられてしまった。