さよならの記憶写真館

「私は産むよ」
 病院の駐車場に停車したままの軽自動車内。
 車のフロントガラスを叩く、大きな雨粒。
 この日も雨だった。

「だから、書かなくていいよ」
 病院からもらった書類を封筒から取り出そうとするから、私は咄嗟にそれを奪う。
 癌の悪性度の高さと、子どもを産めない現実に放心状態となった私の代わりに話を聞いてくれたのは優太で、手術の説明を受けて予約を取り、車に戻ってきた。
 朝早くに病院に行ったのに、終わったのは夕方。
 長い、一日だった。

「いや、でも!」
「……ごめん。もっと早く言えば良かったね……」
 本当、もっと早く言いなよ、三十二歳の私。今日宣告を受けること、知ってたくせにね。
 本来なら、先生から話を聞いた時にクロちゃんに主人格を入れ替えてもらい、手術を拒否するつもりだった。
 だけどダメだね。この先の未来を知っているから、手術を拒否したらどうなるかを知ってるから。私の命を助けてくださいと言いそうになって、人格入れ替えを急遽止めてもらったの。
 最低だよね。娘の命より自分の命を一番に考えてしまうなんて。

 だけど優太がこの封筒を開けようとしたから、やっと決意出来た。
 これ以上、優太を傷付けてはいけない。未来は変えられない。

『たとえ未来は変えられなくても、過程は変えられますよ』
 支配人さんが言ってくれた言葉。
 そうだね、未来は同じでもどのような道筋を通るかで人の心持ちは変わる。
 だからこれは、読ませてはならない。

 この封筒の中にはね、手術や麻酔の同意書以外に普通なら入っていないものも一緒に入っているの。
 宣告を受けた夜。椿と私が寝た後に優太はそれを一人で書いていて、目が覚めて起きてきた私はそれを見かけて取り上げた。
 優太は私の命の方が大事だと言ってくれたけど、私はどうしてそんなことを言うのかと怒り、子どもは産むと突っぱねた。
 ごめん、自分の気持ちばっかだった。優太がどんな思いで……、人工妊娠中絶の書類に署名していたかなんて、考えることも出来なかった。

 だから、今回は署名はしてもらわないと決めていたの。
 だって未来は変わらないんだから。
 柚花が生まれて、私が死ぬ未来は。