さよならの記憶写真館

 美術系短大を卒業後、従業員三十人ほどの中小企業であるデザイン事務所に就職した。
 仕事なのだからクライアントの希望に添うのが大前提で、当然ながら自分の好きな仕事ばかり出来るわけでもない。何よりクライアントとの関わりが大切で、私が苦手なコミュニケーション能力の必要さを痛感し、ある意味それが一番の悩みだった。
 だけどやはり絵やデザインについて考えて模索している時間は何よりも幸せで、ひたすらに走り続けてきた。

 就職して六年後、二十六歳の時に優太と結婚、その二年後である二十八歳で長女の椿を出産。一年の育児休暇を経て職場復帰し、九時から十六時までの時短勤務にしてもらっていた。
 要領の悪い私には、とにかく毎日が目回しくて、上手く立ち回れないことに自己嫌悪を繰り返し、一人で勝手に背負い込んで悩んだり、周りの母親と比べて落ち込んだり、一人で何と戦っているのか分からなかったな。

『一人で? ムリムリ、旦那に頼りまくってるに決まってるじゃーん』
 同じ時期に結婚し出産した、親友の菜穂。菜穂は都会の四年大学を卒業し、大手企業で私と同じくグラフィックデザイナーとして働いていた。
 全くの嫉妬がなかったかと聞かれたらそんなことはなく、正直羨ましかった。
 だけど菜穂は本当に性格が良くて、そんな私に気付いてても軽く流して悩みとか聞いてくれて、菜穂がこっちに戻って来た時に会っていた。
 うちに来てくれたこともあったな。

 菜穂の言葉で気持ちが楽になり、仕事と家庭について少し力が抜けてきた頃、この小さな異変に気付いたんだ。