「花梨さん、人生の未練は解消されましたか?」
そっと現れたのは支配人さんで、今回もまたタイミング良く話しかけてくれた。
この人はいつもそうだ。クロちゃんと話をする時はいつも席を外してくれていて、きっと待ってくれているのだろう。
「……私は」
目の前に並ぶ写真は、当初思い描いたものではなかった。
優太の隣にいるのは澪ではないし、優太が一人親になる未来を、椿と柚花が母がいない子になる未来を変えることは出来なかった。
だけど優太は、娘二人と強く生きていってくれるんじゃないかと思えた。澪は優太を忘れて、義妹として娘たちと関わってくれると思えた。
だから、私の未練は……。
目に止まったのは、喪服を着た優太と私が火葬場からの煙突を眺めている後ろ姿。
ずっと変えたいと願っていた過去。この出来事を変えられたら、優太は──。
「支配人さん、最初におっしゃってましたよね? 死の運命を変えることは出来ないって。それは私以外の人も……同様ですか?」
写真に向かって目を閉じるのは、願っているからだ。
せめてこの運命を変えられたら、優太は一人にならないと願って。
「残念ですが、過去に死した人間の運命を変えるということは、現世に多大な影響を与えます。亡くなる予定だった人が生きたことにより、その人と関わりがあった人の生活まで変わってしまったり、最悪の場合は生きる運命にある人がその人の代わりに亡くなる事態になりかねません」
支配人さんの確信をついた答えに、ドクンと止まっているはずの心臓が鳴ったような気がした。
そっか、もしおばさんが亡くならなかったら、おばさんが営んでいた雑貨屋さんは、そこで働いてくれていた人に引き継がれることもなかった。
事故で亡くなったおじさんを助けようとしたら、車は歩行者の方に突っ込み、別の人が亡くなっていたかもしれない。
自然の摂理に反する。そうゆうことなんだ。
私が助かったら、柚花が生まれてこない未来に変わるように──。
おじさん、おばさん、優太、ごめんなさい。
やっと止まってくれていた涙で視界が滲む前、見えた写真はどしゃ降りの雨の中、軽自動車内で並んで座る優太と私。
ガラス越しに見ているから分かりにくいけど、私は俯き、優太は白い封筒を開けて中身を見ているようだった。
あの中身って……!
ハッとなり隣にあった写真に目を向けると、泣いて怒る私に、泣きそうな顔をしている優太が写っていた。
私はあの日、感情のまま怒ってしまった。優太の気持ち一つも考えずに。
「……っ」
首を横に振ると、また涙が溢れてしまう。
本当、どれほど泣いているんだろう。大人のくせに、死んだくせに。情けないね、私は。
「花梨さん、たとえ未来は変えられなくても、過程は変えられますよ」
……過程を?
支配人さんにそっと私を撮影用の椅子に座らせてくれ、クロちゃんがピョンと私の膝に乗ってくれる。
「……おそらく今回で、最後の記憶写真の場面までいくことになると思われます」
「はい」
「辛くなったら、いつでも旅を終わらせることが出来ますからね。どうか、お忘れなく」
辛くなったら。
そっか、これから人生の終末期に向かっていくんだ。
痛みや苦しみ……、それから。
「……はい」
目元を強く擦り前を見れば、こちらを見つめる支配人さんの瞳。
どうしてだろう。細めた目に哀しみが宿っているような気がした。
「あ、あの!」
「はい」
「支配人さんは、どうしてそこまでしてくれるのですか!」
私と目が合い、カメラのフィルターを覗き込んだ支配人さんの目は見えなかったけど、口元を硬く結んだのを見逃さなかった。
「……私は、白猫様に誘われ、ここで務めを果たしているだけです」
「誘われた……。それって、私と同じ……」
「私は、変われませんでした……。だから、まだこの世界を彷徨っているのです」
フィルター越しだけど、その先の瞳まで光っているような気がした。
「自身の死に直面するのは、とても苦しきことです。どうか、無理をされないように」
言葉の重みに喉の奥が張り付くような痛みがきて、返事が出来ない。
思わず膝元にいてくれるクロちゃんに視線を落とすと、その先には支配人さんと私を交互に見つめる美しき黒い瞳があった。
「クロちゃんは白猫様だったんだね」
「……そう祀られていたのは、何百年も前だけどニャ」
「私たちのこと、ずっと見守ってくれていたの?」
「力はほとんど残っていなかったけどニャア」
そんなクロちゃんを撫でると鈴の音がして、あの祠が存在してくれていた遠い日のことを思い起こす。
ごめんね。あれだけ縋っていた場所だったのに、あの場所を、あなたを忘れるなんて。
「花梨、行くニャ」
「うん」
パシャ。
ゴーン、ゴーン。
意識が遠くなる中で、聞こえたのは鐘の音だった。
この音は?
そうだ、火葬場近くには教会があって鐘が鳴っていたんだった。
そっと現れたのは支配人さんで、今回もまたタイミング良く話しかけてくれた。
この人はいつもそうだ。クロちゃんと話をする時はいつも席を外してくれていて、きっと待ってくれているのだろう。
「……私は」
目の前に並ぶ写真は、当初思い描いたものではなかった。
優太の隣にいるのは澪ではないし、優太が一人親になる未来を、椿と柚花が母がいない子になる未来を変えることは出来なかった。
だけど優太は、娘二人と強く生きていってくれるんじゃないかと思えた。澪は優太を忘れて、義妹として娘たちと関わってくれると思えた。
だから、私の未練は……。
目に止まったのは、喪服を着た優太と私が火葬場からの煙突を眺めている後ろ姿。
ずっと変えたいと願っていた過去。この出来事を変えられたら、優太は──。
「支配人さん、最初におっしゃってましたよね? 死の運命を変えることは出来ないって。それは私以外の人も……同様ですか?」
写真に向かって目を閉じるのは、願っているからだ。
せめてこの運命を変えられたら、優太は一人にならないと願って。
「残念ですが、過去に死した人間の運命を変えるということは、現世に多大な影響を与えます。亡くなる予定だった人が生きたことにより、その人と関わりがあった人の生活まで変わってしまったり、最悪の場合は生きる運命にある人がその人の代わりに亡くなる事態になりかねません」
支配人さんの確信をついた答えに、ドクンと止まっているはずの心臓が鳴ったような気がした。
そっか、もしおばさんが亡くならなかったら、おばさんが営んでいた雑貨屋さんは、そこで働いてくれていた人に引き継がれることもなかった。
事故で亡くなったおじさんを助けようとしたら、車は歩行者の方に突っ込み、別の人が亡くなっていたかもしれない。
自然の摂理に反する。そうゆうことなんだ。
私が助かったら、柚花が生まれてこない未来に変わるように──。
おじさん、おばさん、優太、ごめんなさい。
やっと止まってくれていた涙で視界が滲む前、見えた写真はどしゃ降りの雨の中、軽自動車内で並んで座る優太と私。
ガラス越しに見ているから分かりにくいけど、私は俯き、優太は白い封筒を開けて中身を見ているようだった。
あの中身って……!
ハッとなり隣にあった写真に目を向けると、泣いて怒る私に、泣きそうな顔をしている優太が写っていた。
私はあの日、感情のまま怒ってしまった。優太の気持ち一つも考えずに。
「……っ」
首を横に振ると、また涙が溢れてしまう。
本当、どれほど泣いているんだろう。大人のくせに、死んだくせに。情けないね、私は。
「花梨さん、たとえ未来は変えられなくても、過程は変えられますよ」
……過程を?
支配人さんにそっと私を撮影用の椅子に座らせてくれ、クロちゃんがピョンと私の膝に乗ってくれる。
「……おそらく今回で、最後の記憶写真の場面までいくことになると思われます」
「はい」
「辛くなったら、いつでも旅を終わらせることが出来ますからね。どうか、お忘れなく」
辛くなったら。
そっか、これから人生の終末期に向かっていくんだ。
痛みや苦しみ……、それから。
「……はい」
目元を強く擦り前を見れば、こちらを見つめる支配人さんの瞳。
どうしてだろう。細めた目に哀しみが宿っているような気がした。
「あ、あの!」
「はい」
「支配人さんは、どうしてそこまでしてくれるのですか!」
私と目が合い、カメラのフィルターを覗き込んだ支配人さんの目は見えなかったけど、口元を硬く結んだのを見逃さなかった。
「……私は、白猫様に誘われ、ここで務めを果たしているだけです」
「誘われた……。それって、私と同じ……」
「私は、変われませんでした……。だから、まだこの世界を彷徨っているのです」
フィルター越しだけど、その先の瞳まで光っているような気がした。
「自身の死に直面するのは、とても苦しきことです。どうか、無理をされないように」
言葉の重みに喉の奥が張り付くような痛みがきて、返事が出来ない。
思わず膝元にいてくれるクロちゃんに視線を落とすと、その先には支配人さんと私を交互に見つめる美しき黒い瞳があった。
「クロちゃんは白猫様だったんだね」
「……そう祀られていたのは、何百年も前だけどニャ」
「私たちのこと、ずっと見守ってくれていたの?」
「力はほとんど残っていなかったけどニャア」
そんなクロちゃんを撫でると鈴の音がして、あの祠が存在してくれていた遠い日のことを思い起こす。
ごめんね。あれだけ縋っていた場所だったのに、あの場所を、あなたを忘れるなんて。
「花梨、行くニャ」
「うん」
パシャ。
ゴーン、ゴーン。
意識が遠くなる中で、聞こえたのは鐘の音だった。
この音は?
そうだ、火葬場近くには教会があって鐘が鳴っていたんだった。



