さよならの記憶写真館

 どこまでも澄み切った青空の下。祠に向かう石段を登るころには足取りはフラフラで、真冬の気候のはずなのに体は熱く、冷たい冷気に心地良さを感じるぐらいだった。

「ごめん!」
 祠前でパッと離された手は私と同様に熱く、そんな優太は俯いたままだった。

「本当、ごめん。そんな顔させたかったわけじゃなかったんだ……」
「え?」
「だって、困る……よな? ずっと幼馴染として仲良くしていたのに、急に変なこと言い出して。澪には、二人では会えないとか頭硬いこと言ったし。澪からしても、意味分からなかっただろうしなぁ」
 どこか苦しげで、声まで消えてしまいそうで、遠い目で空を見上げる横顔は困惑しているように見えた。

 優太、澪の気持ち気付いてないんだ。なのに、女の子と二人では会わないって決めてるの?
 本当、頭硬いんだよなぁ。この人は。

 大学の友達との飲み会だと聞いて行って、それがコンパだと知って帰ってきたり。職場の女性と二人きりは……と、無理矢理複数にしたり。結婚してからは特に。
 別に私のこと好きなわけじゃないから気を遣わなくて良いのにとか思ってたけど、それってもしかして私に対してけじめをつけてくれていたから……とか?

「俺は花梨と、幼馴染として仲良くしていきたいと思ってるんだ。だからさ、今まで通り……」
「あの話って、本当?」
 優太が話をまとめようとしているのに、思わず口を挟んでしまった私。
 すると優太は、ふわわわとした顔をして、目をキョロキョロとさせて、頭をわさわさとして俯いてしまう。

「……あ、うん。俺は花梨が……」
「ふああああああ! やっぱり、言わなくていいからぁぁ!」
 思わず優太の口元を手でグニュと抑えて、ハッとなった私は咄嗟に手を離す。
 確かに未来の世界では夫婦だったけど、過去の世界では付き合っていない私たち。
 今のはダメでしょう?
 そう気付いた私は、五歩ほど後ずさっていた。

「ごめん」
「いやいや、私が!」
 私が勝手に触れて離れたのに、どうしてか優太が謝ってくる。
 悲しそうな顔で。
 あ、優太からしたら話を遮られたと思うよね。
 避けられたとか思うよね。
 本当に、私は……。

「……俺は。俺はこの先も女性とは出掛けないけど、それは花梨のせいじゃないから。俺の頭が硬いだけだし。だからさ、今まで通り幼馴染で居てくれないかな? ……それ壊しかけた俺が言うなって、話なんだけどさ」
 風が靡けば優太の柔らかな髪が揺れ、また触れたくなった手を止めて握り締める。
 久しぶりに優太の顔に触れたことにより気持ちが昂ってしまったからか、私の胸の高鳴りはとどまることを知らない。

「じゃ、帰ろうか? 澪に勘違いされたら困るもんなぁ」
 眉を下げ、ハハッと笑って見せた優太は背中を向けて石の階段へと向かっていく。
 どうしてここで澪の名前が出てきたのかが考えられないぐらい、私の頭はいっぱいいっぱいで、ただ離れていく手を掴んでいた。
 お願い、行かないで。そう言えない代わりに。

「花梨?」
 優太が振り返ると近距離で目が合うけど、今度は私が手を離さない。離したくない。
 喉が熱くて、胸に仕舞っていた気持ちが溢れてきて、口を開いた私は熱い息を吐いて閉じる。

 ねえ、待って。優太に何を言う気?
 私は何のために、過去修正をしていたの?
 子ども達が生まれない運命になるから?
 そんな打算?
 ……いや、私は。

 そんな考えが巡り何も言えなくなった私は、優太の手を握ることしか出来ない。

『もっと、わがままに生きて良いんじゃない?』
『花梨が思ったようにしたら良いニャ』
 お母さんの声が、クロちゃんの囁きが、脳内でグルグルと駆け回っていく。

 私の気持ち。思った通りの行動。
 修正前の人生は散々やってきたよ。だから過去を変えたくて私は。
 でもね、結果はそうなったけど、私は自分の気持ちを言葉にしたことは一度もないの。優太に伝えたことはないの。
 だから今、それを修正して良いかな?

「優太……、あのね」
 未来のためではなく、ずっと伝えられなかった私の気持ちを言葉にするの。
 きっと、死ぬまで言えなかったことが未練の一つになっていたと思う。
 だから、だから私は。

「私……ね」
 途端に目が潤んできて、なんだか泣けてきて、喉の奥が詰まっていく。
 形を変えるのって難しいんだね。こんなに怖くて、何とも分からない不安が押し寄せてくることなんだ。
 優太が好きだって言ってくれた時、修正前の人生で言ってよと思ってしまった。
 でもそれは、私も同じ。私も言えなかったくせにね。
 優太は何度も私に声をかけてくれたよ。ショッピングモールに行こう、遊園地に行こう。
 そうやって、形を変えようとしてくれた。なのに受け身で、何もしなかったのは私。
 だから変わりたいの。修正の旅で変わるのは優太だけじゃないよ。

「私は、優太のことが……」

 ずっと言えなかった言葉。

「好きだから。……子どもの頃から、ずっと」

 別に悲しいことなんか一つも言ってないのに、熱い涙がスッと流れてきた。
 どうして? 泣き止まなきゃ。優太が困ってしまうじゃない。
 だけどしゃくり上げてしまうのは止められなくて、涙も止まらなくて、どうしようもない私は目元を手の平で抑えて俯くことしかできなくて。
 そんな私を、ほわっと包んでくれる両腕はあまりにも温かく、そっとその胸に体を預けた。

 どうして今まで言葉にしなかったのだろう?
 私が気持ちを伝えていたら、優太だって応えてくれたかもしれないのに。
 生きてる間にこうしていれば、こうやって向き合っていれば、私はもっと自信を持っていっぱい関わって、話をすることだってできたのに。
 黙って一緒にいる時間も好きだったけど、尽きない会話を楽しむ時間はもっと好きになった。
 優太の好きな空の話、私の絵の参考になればと写メした写真をいつも見せてくれて、学校で少しモヤモヤとした話とか、最近見て面白かったテレビの話とか、そんな日常を共有できたのが楽しかった。

 何で死んでしまったの?
 生きていたらこうやって、気持ちを伝えることができたのに。
 どうして?
 ……って、私が悪いんだよね? 優太が反対するのも聞かずに、あの子を産んだから──。

 ピキッ。
 胸の奥、いや魂がひび割れたような音がする。
 ああ、私、今、最低なこと思った。違う、あの子を、柚花を産まなければ良かったなんて……。

 ピキピキッ。
 あっ。
 優太……。
 待って、ねえ、待って。
 私は──。
 今度こそ終わりだと、最後に優太の顔が見たいと顔を上げたけど、目の前はピカッと光っていて私の意識はそこで途絶えた。