「……って言うかさ。付き合ってるよね、二人?」
目を細めて、私から視線を逸らして、ボソッと確信を突いてくる。
どうして私は、どこまでも自分本位なんだろう。
澪が聞いてくることに、返す言葉すら考えていないなんて。
「うん」
「どっちが、言ったの?」
「私が」
潤む目に、嘘をついてしまった。
「嘘つかないで! 私、優太がお姉ちゃんの手を引っ張って、二人で走ってくとこ見てたんだよ!」
次に息を呑んだのは、私の方だった。
それって、さっきの出来事? 優太に手を引かれて、あの祠に行って、私が気持ちを伝えたことだ。
いや、澪にとっては二年前の話だ。
それを見かけて、ずっと黙っていたの? 今まで?
あの日、優太は向き合っていた私の後ろを見た途端に焦り出して、私の手を引っ張って走り出した。
あの後ろに、澪がいたからだったんだ。
「……ゆ、優太の、方から」
「そっか。やっぱ、そうだったんだ……」
ハァと吐き出す息はあまりにも重く、部屋の空気までもが重く苦しいものへと変わったような気がした。
「分かってたから、最初から! 優太、小さい頃から、いっつもお姉ちゃん、お姉ちゃんだったし。中学の時、居なくなった優太見つけたのは、お姉ちゃんで。私と行った遊園地は、元々優太がお姉ちゃんと二人で子どもの国に行こうと誘ったものだったんでしょ! ……クリスマスの日に言われたの、もう二人では会えないって! そこはケジメつけたいからって。誰にとは言わなかったけど、もう分かり切ってたし……」
クロちゃんが言っていた通りだった。優太、そこまでハッキリ言ってたなんて。
だからあの日、バタバタと部屋に戻って行ったんだ。
「なんでぇ……、何でわざわざ言ってくんの! 私、もう帰ってくるつもりとかなかったのに! もう、全て忘れるつもりだったのに!」
涙声になっても決して涙を見せない澪は、私をこれ以上責めてこない。
澪、頭の良いあなたなら、この状況から気付いているよね?
私は人の心を弄ぶ、最低な人間だって。
幼馴染の彼からの好意と、その彼に好意を抱いている妹の気持ち。その両方に気付いていたくせに、私はあなたと彼を取り持つフリをして、あなたの気持ちを弄んでいた。そんな最低な人間だった。
だから私のこと、嫌いになってほしいの。
澪、あなたは優し過ぎる。
常に相手を気遣って、自分は二の次。
そんなあなたに、「誰かのために生きないで自分のために生きて」と頼んでも、根本は変わらないだろう。
確かに優太は、一人親としてやってくれると分かったし、澪がこっちに帰ってくる未来はなくなった。
東京で美容師をやってると分かって本当に良かったと安心したの。
でもね、三十一歳のあなたは、まだ優太のことが好きで、その気持ちを隠して生きようとしているよね?
この先、私が死んだ後も父と娘二人の生活は続いていくし、優太は年齢を重ねて子どもたちは成長していくだろう。
十年ぐらいが経てば娘たちも年頃になり、男親の優太は女の子特有の成長や、気持ちが分からないと悩むかもしれない。
椿と柚花は年頃ゆえの悩みを、男親である優太に相談出来ないかもしれない。
そんな時、叔母である澪に頼るかもしれないよね?
普通の義妹なら力にあげると思う。自分の出来る範囲で。
だけど澪は、自分のことを放り出して全力で手を差し出してしまうと思うの。
それが、澪だから。
澪には、私の家族と一線を置いて関わってほしい。
だけどそれは私の勝手な願いで、澪に都合の良い人になれと言っているようなもの。
過去修正は出来事と人を変えることは出来ても、人の心までは動かせないと気付いたんだ。
だから澪の、自分より相手を想う性格は変えられない。人の心を変えようなんて傲慢な考え方だって、やっと分かったから。
気付いたの。澪に自分のために生きてもらう方法。
あなたが嫌悪するぐらい、私が嫌な人間になれば良いんだって。
そんな人間を選んだ優太のこと嫌いになるよね?
そんな人間の子どもたち、可愛いなんて思えないでしょう?
ごめんなさい、私にはもうこの方法しか思いつかないの。心優しい澪を縛り付けない方法は。
たとえ、大好きなあなたに嫌われても、軽蔑されても、必ず訪れる私の死を自業自得だって思われる存在になっても良いの。
それがあなたに正義のヒーローを演じさせてしまった、姉の償いだと分かってるから。
だから、お願い。もう、誰かのために生きるのはやめて。自分のために生きて。
死んでしまった私には、この先の未来がどう続いていくか分からないの。
お願い──。
「お姉ちゃんも優太も大嫌いっ! もう出てって!」
顔に何かが当たったかと思えばパリンッと音がして、頬に触れるとピリッと痛みが走った。
「あっ!」
澪の泳ぐ目に足元を見ると、そこには割れたガラスの破片があり、澪が投げたと思われる写真立てが転がっていた。
「あ、ああ……。うっ、うわああああああっ!」
床に手を付き、子どものように声を上げて泣き、しゃくり上げる澪に、私の視界はグラッと揺れていく。
この涙は、悔しさでも悲しさでもない。人を傷付けてしまったことへの涙だろう。
自分のことで泣きかけている私なんかと違う、優しすぎる涙。
「えっ、どうしたの!」
パタパタと階段を上がってきたのはお母さんで、大声を出して泣く澪に駆け寄ろうとして、私は慌てて止める。
足元にガラスの破片が散乱していたからだった。
「顔、腫れてるじゃない!」
お母さんは私の頬に手を伸ばそうとしてくれるけど、私はそんな手をギュッと握り締め、首を横に振ることしか出来なかった。
「……こっち来なさい」
お母さんに手を引かれ連れていかれたのは下のリビングで、手早く氷水を作ってくれた。
「ちゃんと冷やしなさいよ」
お母さんは掃除機とビニール袋を持って二階に上がっていき、戻って来なかった。
……私、最低な娘だよね?
リビングの椅子に一人座り、ただ呆然と四人で囲んだ食卓を眺めていた。
澪はお母さんに、私がしたこと話しているだろう。
妹の気持ちで遊んでいただけだと知ったら、お母さんは私を軽蔑するだろう。そうなれば、お父さんも。
無償の愛を注いでくれた両親。私が病気が発覚した時は取り乱して、死んだ時は泣いてくれて。
それはどうなるんだろう?
勿論、娘が死んだら悲しんでくれるだろうけど、心から一点の曇りもなく悲しんでくれるのかな?
……陰湿な子だったしな、澪の方じゃなくて良かった。
そう、思われるかもしれない。
『幸せな人生でしたか?』
初めて写真館に辿り着いた時に問われた、支配人さんからの言葉。
『はい、幸せ……でした。最期は家族に囲まれて、看取ってもらえて……』
私はそう答えた。
自分が死んだ時に泣いてくれる人がいてくれるなんて、人生で一番幸せなことだと思ったから。だけど。
そんな未来、消えたよね? だって私、最低な娘で、最低な姉なんだから。
覚悟していたつもりだったけど、やっぱり辛くて。大切な家族を失ってしまったんだって。
私が死んだ時、両親と妹が悲しまないならそれで良いじゃないと自分を納得させて、嫌われる覚悟を持って、やったことだった。
だけど私はやっぱり自分が可愛くて、相手を考えることが出来ない。それが、私。
そんな私だから病気になったんだよね? 死んでしまったんだよね?
こんな、私だから……。
目を細めて、私から視線を逸らして、ボソッと確信を突いてくる。
どうして私は、どこまでも自分本位なんだろう。
澪が聞いてくることに、返す言葉すら考えていないなんて。
「うん」
「どっちが、言ったの?」
「私が」
潤む目に、嘘をついてしまった。
「嘘つかないで! 私、優太がお姉ちゃんの手を引っ張って、二人で走ってくとこ見てたんだよ!」
次に息を呑んだのは、私の方だった。
それって、さっきの出来事? 優太に手を引かれて、あの祠に行って、私が気持ちを伝えたことだ。
いや、澪にとっては二年前の話だ。
それを見かけて、ずっと黙っていたの? 今まで?
あの日、優太は向き合っていた私の後ろを見た途端に焦り出して、私の手を引っ張って走り出した。
あの後ろに、澪がいたからだったんだ。
「……ゆ、優太の、方から」
「そっか。やっぱ、そうだったんだ……」
ハァと吐き出す息はあまりにも重く、部屋の空気までもが重く苦しいものへと変わったような気がした。
「分かってたから、最初から! 優太、小さい頃から、いっつもお姉ちゃん、お姉ちゃんだったし。中学の時、居なくなった優太見つけたのは、お姉ちゃんで。私と行った遊園地は、元々優太がお姉ちゃんと二人で子どもの国に行こうと誘ったものだったんでしょ! ……クリスマスの日に言われたの、もう二人では会えないって! そこはケジメつけたいからって。誰にとは言わなかったけど、もう分かり切ってたし……」
クロちゃんが言っていた通りだった。優太、そこまでハッキリ言ってたなんて。
だからあの日、バタバタと部屋に戻って行ったんだ。
「なんでぇ……、何でわざわざ言ってくんの! 私、もう帰ってくるつもりとかなかったのに! もう、全て忘れるつもりだったのに!」
涙声になっても決して涙を見せない澪は、私をこれ以上責めてこない。
澪、頭の良いあなたなら、この状況から気付いているよね?
私は人の心を弄ぶ、最低な人間だって。
幼馴染の彼からの好意と、その彼に好意を抱いている妹の気持ち。その両方に気付いていたくせに、私はあなたと彼を取り持つフリをして、あなたの気持ちを弄んでいた。そんな最低な人間だった。
だから私のこと、嫌いになってほしいの。
澪、あなたは優し過ぎる。
常に相手を気遣って、自分は二の次。
そんなあなたに、「誰かのために生きないで自分のために生きて」と頼んでも、根本は変わらないだろう。
確かに優太は、一人親としてやってくれると分かったし、澪がこっちに帰ってくる未来はなくなった。
東京で美容師をやってると分かって本当に良かったと安心したの。
でもね、三十一歳のあなたは、まだ優太のことが好きで、その気持ちを隠して生きようとしているよね?
この先、私が死んだ後も父と娘二人の生活は続いていくし、優太は年齢を重ねて子どもたちは成長していくだろう。
十年ぐらいが経てば娘たちも年頃になり、男親の優太は女の子特有の成長や、気持ちが分からないと悩むかもしれない。
椿と柚花は年頃ゆえの悩みを、男親である優太に相談出来ないかもしれない。
そんな時、叔母である澪に頼るかもしれないよね?
普通の義妹なら力にあげると思う。自分の出来る範囲で。
だけど澪は、自分のことを放り出して全力で手を差し出してしまうと思うの。
それが、澪だから。
澪には、私の家族と一線を置いて関わってほしい。
だけどそれは私の勝手な願いで、澪に都合の良い人になれと言っているようなもの。
過去修正は出来事と人を変えることは出来ても、人の心までは動かせないと気付いたんだ。
だから澪の、自分より相手を想う性格は変えられない。人の心を変えようなんて傲慢な考え方だって、やっと分かったから。
気付いたの。澪に自分のために生きてもらう方法。
あなたが嫌悪するぐらい、私が嫌な人間になれば良いんだって。
そんな人間を選んだ優太のこと嫌いになるよね?
そんな人間の子どもたち、可愛いなんて思えないでしょう?
ごめんなさい、私にはもうこの方法しか思いつかないの。心優しい澪を縛り付けない方法は。
たとえ、大好きなあなたに嫌われても、軽蔑されても、必ず訪れる私の死を自業自得だって思われる存在になっても良いの。
それがあなたに正義のヒーローを演じさせてしまった、姉の償いだと分かってるから。
だから、お願い。もう、誰かのために生きるのはやめて。自分のために生きて。
死んでしまった私には、この先の未来がどう続いていくか分からないの。
お願い──。
「お姉ちゃんも優太も大嫌いっ! もう出てって!」
顔に何かが当たったかと思えばパリンッと音がして、頬に触れるとピリッと痛みが走った。
「あっ!」
澪の泳ぐ目に足元を見ると、そこには割れたガラスの破片があり、澪が投げたと思われる写真立てが転がっていた。
「あ、ああ……。うっ、うわああああああっ!」
床に手を付き、子どものように声を上げて泣き、しゃくり上げる澪に、私の視界はグラッと揺れていく。
この涙は、悔しさでも悲しさでもない。人を傷付けてしまったことへの涙だろう。
自分のことで泣きかけている私なんかと違う、優しすぎる涙。
「えっ、どうしたの!」
パタパタと階段を上がってきたのはお母さんで、大声を出して泣く澪に駆け寄ろうとして、私は慌てて止める。
足元にガラスの破片が散乱していたからだった。
「顔、腫れてるじゃない!」
お母さんは私の頬に手を伸ばそうとしてくれるけど、私はそんな手をギュッと握り締め、首を横に振ることしか出来なかった。
「……こっち来なさい」
お母さんに手を引かれ連れていかれたのは下のリビングで、手早く氷水を作ってくれた。
「ちゃんと冷やしなさいよ」
お母さんは掃除機とビニール袋を持って二階に上がっていき、戻って来なかった。
……私、最低な娘だよね?
リビングの椅子に一人座り、ただ呆然と四人で囲んだ食卓を眺めていた。
澪はお母さんに、私がしたこと話しているだろう。
妹の気持ちで遊んでいただけだと知ったら、お母さんは私を軽蔑するだろう。そうなれば、お父さんも。
無償の愛を注いでくれた両親。私が病気が発覚した時は取り乱して、死んだ時は泣いてくれて。
それはどうなるんだろう?
勿論、娘が死んだら悲しんでくれるだろうけど、心から一点の曇りもなく悲しんでくれるのかな?
……陰湿な子だったしな、澪の方じゃなくて良かった。
そう、思われるかもしれない。
『幸せな人生でしたか?』
初めて写真館に辿り着いた時に問われた、支配人さんからの言葉。
『はい、幸せ……でした。最期は家族に囲まれて、看取ってもらえて……』
私はそう答えた。
自分が死んだ時に泣いてくれる人がいてくれるなんて、人生で一番幸せなことだと思ったから。だけど。
そんな未来、消えたよね? だって私、最低な娘で、最低な姉なんだから。
覚悟していたつもりだったけど、やっぱり辛くて。大切な家族を失ってしまったんだって。
私が死んだ時、両親と妹が悲しまないならそれで良いじゃないと自分を納得させて、嫌われる覚悟を持って、やったことだった。
だけど私はやっぱり自分が可愛くて、相手を考えることが出来ない。それが、私。
そんな私だから病気になったんだよね? 死んでしまったんだよね?
こんな、私だから……。



