さよならの記憶写真館

 パシャ。
 クラっとなる体を倒さないように足で踏ん張り一息吐くと、周囲は見覚えのある配置で、私の部屋だった。
 周りを見渡すと高校の制服も教科書もなく、あるのはキャンパスや画材道具であることから、現在は短大生みたい。
 記憶写真はもう回り道することもなく、三十二歳の私に人格を入れ替えてくれているということは、このまま突き進むべきだと言われているのだろう。
 机に置きっぱしになっているのは携帯からスマホに変わっていて、画面には3月7日と表示されていた。
 うん、やっぱりここは澪と優太が高校を卒業した年で、澪が上京する一日前の世界だ。

「美容師になりたい」
 陸上部で髪は邪魔だと、ずっとベリーショートだった澪。だけどヘアアレンジもしっかり取り入れていて、魅せ方を分かっていた。
 だからこそスポーツとオシャレは併用出来ると、美容専門学校への進学を志望した。
 私たちが住むのは結構な田舎で、美容専門学校とか美術短大とかの専門分野を勉強しようとしたら、電車に乗って一時間半ぐらいかけて県外にいかなければならない。
 私はそうしているけど澪は電車で三時間は掛かる東京の専門学校に行きたいと言い、一人暮らしを希望した。
 いつか自分の美容院を開きたい。そのために東京で勉強したいとのことだった。

 上京してからの澪は修行があるから、忙しいから、仕事が大切だからと、お盆もお正月も帰ってこなくなった。
 帰ってきたのは、おじさんとおばさんの葬儀が行われた時だけ。
 だから、落ち着いて話せるのは今日だけだ。

 ドアノブを強く握りドアを開ければ、目の前には同じ形をしたもう一つのドアがある。
 澪の部屋。明日から空き部屋になってしまう、物悲しい部屋。
 私は覚悟を決めてドアを叩いた。

「なーに?」
 いつもの軽い声にふうっと溜息が出るけど、それはここまで。
 だって、今から私は……。

「いやあ、荷物減らしたつもりだったけど、全然だったわぁー」
 ドアを開けると、既にそこは澪の部屋ではなかった。
 必需品はほとんど送ったらしいけどまだ持っていくものはあるらしく、私の方に顔を向けることなく淡々と荷物を詰め込んでいた。

「……アルバム、持っていくの?」
 部屋の入り口にまとめられあるダンボールよりのぞく、懐かしい赤い色のアルバム。
 お母さんが澪用に作っておいたものだった。

「あ……、まあ。何となくなんだけどね」
 どこまでも歯切れが悪く、私が部屋に来ているというのに用件を聞こうとしない澪の背中。
 それが答えだと言われているようだった。

 嘘、澪は私と違って取捨選択出来るよ。
 部屋は空き部屋になる予定だし、持ちきれない荷物は置いていって良いと言われている。だから、それは。

「あのね、澪。話があるんだけど」
 途端にピクッと揺れる肩に、息を呑むような呼吸音。

「……ごめん、忙しいんだ」
 突然低くなった声色に、張り詰めたように変わる空気感。
 いつもの私なら間違いなく逃げる。だけど、今は。

「大切な話だから」
 私も同じく語気を強め、絶対に引かないという姿勢を見せる。

「……私は別に話すことなんかないから!」
 初めてムキになったような澪に、私は思わずたじろくけど、ここで負けちゃだめだ。
 だって私は、こうやって人生から逃げてきたのだから。

 澪、ごめん。どうしても伝えないといけないことがあるの。
 これを言ったら傷付くと分かってる。
 自分の姉はこんな人間だったのかと、軽蔑されると
分かってる。
 だけど、私は──。

「私ね、優太が好きなの」
 ガサッ。
 澪の方から聞こえた、何かが落ちたか、倒れたような音。
 ゆっくり、ゆっくり私の方に顔を向けてくる。
 揺らいだ瞳、噛み締めた唇、強張った表情。
 ねえ、澪。あの日、結婚報告した時も、そんな顔をしていたの?
 電話口の向こうで、こんな泣きそうな顔をしていたの?