さよならの記憶写真館

「……ぇぇ、ふぇぇん」
 狭くて暗い道を本能のまま突き進む私は、ようやく出られた光り輝く世界で、酸素を求めるように大声で泣き喚く。

「女の子ですよ」
 四月二十四日。私はこの世に生を受けた。

 私を取り上げてくれた助産師さんと思われる人の手により母の胸元に託された私は、ただ本能のままに母からの贈り物である初乳を含んでいく。
 母の顔を見たいような、見たくないような。
 複雑な思いが滲んでいると、新生児期でもしっかり機能していると言われている聴覚により、聞きたくない声が私の元に届いてきた。

「やっと、会えたね」
「ありがとうなぁ」
 涙声の母に、出産してくれた母と無事に生まれてきた私に対する感謝の言葉を告げる父。
 母は気丈な性格で常に笑っている人だったからこそ泣いているのは辛くて、父は寡黙で気持ちを言葉にしない人だったからこそ、そんなこと不意に聞かされてしまったら、私は。

 両親は様々な理由で長年子宝に恵まれず、三十八歳でようやく無事に産まれてきた第二子が私だった。
 うちは二人姉妹だけど、本当は兄がいた。
 妊娠八ヶ月目で突然心臓が止まってしまい、死産だったと聞いている。原因不明だったからこそ、母は余計に自分を責めたみたい。
 そんな両親が悲しみを乗り越えて生まれたのが私で、だからお母さん、お父さんは、当たり前ではない奇跡を喜んでいるのだろう。

 初めての授乳が終わり、母は「抱っこしてあげて」と言って父に私を託す。どこか慣れている手付きで横抱きされると父の顔が見えてしまうのではないかと身構えるが、幸いなのか顔はぼやけていた。
 まだ、視力は育っていない時期だから。
 安堵しつつ、私は知っている。両親は、笑いながら泣いていたって。
 一枚目の記憶写真で見ているから。
 写真に写っていた私は、あまりにも無防備であどけなくて。両親に愛されていたからこそであろう素の姿に、心か何か分からないけど、ヒリヒリと火傷をしたかのように痛んでいく。

 お願い、喜ばないで。私はお母さんとお父さんより先に死ぬ運命なんだよ?
 生まれたこの総合病院で、しかも同じ階で、誕生の時にぼんやりと見たであろう天井を眺めながら意識がなくなり、いつの間にか死んでしまっていた。
 そんな姿を両親に見せてしまうなんて。
 あの時、二人の言うことを聞かなかったから、私は。

 両親は私の目標で、出来の良い妹とわて隔てなく育ててくれた。
 中学生の時、濡れ衣をかけられた私に「花梨のことを信じている」と言ってくれた。
 いつも味方でいてくれて、一人の人間として尊重してくれて、理屈で叱ってくれる人だった。
 だけど。
 私は母に思いっきり叩かれて、怒鳴られたことがある。
 私の考え全てを否定して、これこそ無理矢理言うことを聞かせようとしてきて、ただ感情のまま声を荒らげていた。
 後にも先にも、あの時だけ。

 どうして私の考えを聞いてくれないのか。
 同じ母親として、気持ち分かってくれないのか。
 激しく落胆したけど、ようやく今分かったような気がした。
 母親だからだ。私はお母さんが産んだ子だったからなんだ。
 ごめんなさい、あんなこと言わせて。
 命の大切さを知ってる、お母さんに。
 子どもを失う悲しさを知っている、お父さんに。
 ごめんなさい、自分を大切にしなくて。
 親より先に死ぬなんて、息を引き取る姿を見せてしまうなんて、最大の親不孝をしてしまった。

 心か何か分からないけどピキッと音が聞こえたような気がした瞬間、割れそうな痛みが走ったような気がした。
 
『……時間、進めますね』
 頭の中で聞こえる支配人さんの声に、私は何も返せない。
 両親の気持ちに触れた私だったけど、もう何もすることは出来ない。
 だって私は、死んでしまったのだから。