さよならの記憶写真館

「花梨さん。過去修正の旅を、これで終わらせることも出来ますよ」
「……え?」
「優太さんは変わられました。きっとこれからも親子三人で、強く生きていかれると思います。ご心配されていた澪さんも、変わられた優太さんに安心して、ご自分の夢を叶えることでしょう」
 支配人さんの視線の先には、緩和治療により眠る私の元に椿と柚花を連れて来てくれた澪が写っていた。
 修正前は、東京からこっちに戻ってきた時に、茶髪だった髪を黒く染め直していて髪型も大人しめだった。だけど今は茶髪のままで、ヘアアレンジの名前は知らないけど、SNSとかで見かける最近の流行りの髪型をしていて、今も東京で美容師を続けているのだと笑顔が溢れてきた。
 優太、澪、椿、柚花。良かった、これで──。

「……澪?」
 その横の写真に目がいくと、変わっていない写真があった。優太が、眠っている私の頭を撫でてくれている写真。
 修正前は無気力な表情で、ただ私の寝顔を眺めているだけだった。
 優太は確かに変わった。……だけど、澪は?
 そんな優太の背中を眺めている顔は同じで、遠くて、切なくて。
 まだ好きなんだ、優太のこと。

「……支配人さん。すみません」
「まだ、未練があるようですね?」
「はい。澪をこうしてしまったのは私です。だから……」
 私の過去修正の旅はまだ終わらない。
 
「次は、この写真を修正します」
 茶髪におしゃれショートヘアが似合う澪を真ん中に、猫っ毛に柔らかな目元をした優太が右、その横には変わらずの単調な黒髪を胸元まで伸ばしていて、澪みたいな華やかな化粧やピアスもしていない、どうにも地味な私が左に立っていた。
 高校を卒業した澪が美容専門学校に通うために上京することが決まり、送り出す時に優太のおばさんが撮ってくれたものだった。
 澪は目鼻立ちが良く、当時流行り服の一つだった体のラインをしっかり出す黒のニットがスタイルの良さを出していて大人っぽい。
 優太もこの頃にはすっかり大人になっていて、着ているラフな服に流行りの金属ネックレスが似合うよう年頃になっていた。
 手をかざして私を視界から消せば大学生カップルに見えるのに、真ん中の澪を隠せば大学生と高校生の兄妹が並んでるようにしか見えない写真。
 私が年上で当時十九歳と説明しないと、誰も分かってくれないだろうなとか思うと、また黒いものが立ち込めてくる。
 これは、死んでも解けない呪いのようなものだ。

「ホントに、いいのかニャア?」
 クロちゃんが言ってくれている意味は分かる。
 おそらくこの過去を修正したら、澪との円満だった姉妹の関係は終わってしまうし、私たちの娘を可愛がってくれることもなくなるだろう。
 それどころか両親から軽蔑され、私は──。

 ふぅと深い息を吐けば、過ぎるのはお母さんとお父さんの泣き顔。
 良いじゃない、最低な娘の方が両親は嘆き悲しむことなんてないんだから。

「私さ、嫉妬していたんだ、澪に……。子どもの頃、優太の隣にいるのは澪で、何度も何度も思ったの。澪が予定日通りに生まれてくれたら良かったのにって」
 優太と私が同級生じゃなかったのは仕方がない。
 だけど優太と澪が同級生で、しかも誕生日が同じで、周りからは運命じゃないかとか言われてて、そんな澪にずっと嫉妬していたんだよね。幼稚園の頃から。

 私たち姉妹は、本当は二学年差になるはずだった。
 四月生まれの私に、同じく四月生まれになるはずだった澪。
 なのに、何の運命のイタズラなのか、予定日より三週間早く生まれた澪は三月の早生まれとなり、元々三月上旬が予定日だった優太は一向に生まれないと陣痛促進剤を使って一週間遅れでようやく生まれたらしい。
 結果二人は、同じ日、同じ場所、同じ空間で生まれ、そして同級生となった。
 大人になってしまえば学年の差なんて関係なかったけど、子ども時代にはどうしようもなく、いつも心の中でいつも悪態をついていた。
 どうして予定通り生まれてきてくれなかったの?
 何も悪くない澪に、ずっと。

「……変わらないといけないのは、優太だけじゃないよ」
 そう、私も変わらないといけない。

 澪に対するドロドロとした嫉妬心。
 周囲の人たちに比べられていて、常にあった劣等感。
 本当は疎まれているんじゃないかという猜疑心。
 それらを認めないといけない。

 澪が家を出て行くと聞いた時、思ったよね?
 これで、やっと嫌な自分を見なくていいんだ。
 これで、周りの視線に怯えず生活ができるんだ。
 これで、良い子を演じなくて済むんだ。

 そんなギトギトに煮え切った感情を、私は隠して生きてきたことを。

 なんの取り柄もないから、せめて良い子でいようとそんな自分を演じていて。そんな私だったから、上っ面な人間関係しか築いてこなくて。嫌われないようにと毎日を適当に過ごして、本当は気付いていたことから目を逸らして、問題から逃げ出してしまっていた。
 だから、こんな歪な未来になってしまっていたんだね。
 私が優柔不断で、身勝手で、嫌われる勇気がなかったから。
 だから今、私がやることは。

「……今から、嫌な人間になってくるね」
 しゃがんでクロちゃんに話しかけると、私の胸元にピョンと飛び乗ってきて、『アタイは花梨の味方だニャ』と頬に柔らかな毛をモフモフとしてくれる。

「覚悟を決められたのですね?」
「はい、それが澪に出来るせめてものの償いだと気付きました」
 嫌われていい、軽蔑されていい。
 だって私は、そうゆう本性がある人間だったんだから。

 撮影用の椅子に自ら座った私に、もう迷いなんてない。

「では、いきます」
 カメラのフラッシュを浴びた時、胸元にいてくれたクロちゃんが白く見えたのは、光の加減のせいだったのだろうか?