あの日も雨だった。
『優太……』
喪服を着た優太は、細い煙突から出る煙をただ眺めていた。
『花梨……。俺、一人になっちゃったよ』
曲がった背中はあまりにも小さすぎて、優太の隣に立った私はそっと手を握る。
『優太を、一人にしないよ。私が、絶対に……』
握り返された手は大きくて、ゴツゴツしていて。
もう私達は子供ではないと思い知らせる。
私たちが結婚したのは、それから一年が経った頃だった。
「花梨! え、どうしたの?」
「あ、濡れちゃって……」
頭から足先までずぶ濡れで帰ってきた私に、母は怒ることもなくお風呂に入るように言ってくれた。
芯まで冷えた体はなかなか温まらず、悪寒がする中でなんとかご飯を食べるけど、部屋に戻り布団に入る頃には足元がふらついていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
頭がガンガンと痛くて、体と吐き出す息が熱くて、視界まで歪んで見える。
風邪、引いた……よね?
明日、休みで良かったな。
これ以上、過去の自分に迷惑はかけられないと安堵していると、体は既に熱いのに身震いは治らなくて、まだまだ体温は上がってくるのだろうと泣きたくなった。
「……痛い」
喉も、頭も、体の関節までも痛くて、風邪薬を飲みたいけど飲まない。
薬を探しにいけば、お母さんが風邪を引いたのかと聞いてくれて看病してくれるだろう。だから、取りにいかない。
今日は十七歳の私に体を返さないで、とクロちゃんに頼んである。
だって、これは自業自得の結果。私が請け負う責任があることだから。
『好きじゃニャイって、どうゆう意味ニャ?』
脳内に直接声をかけられ、熱により速かった心拍が一瞬止まったように体が縮み上がってしまった。
あ、そっか。クロちゃんは私の心ぐらい読んでるよね?
より顔が熱くなっていくけど頭がクラクラとしていた私は、本音を隠すこともなく自身の羞恥を伝えていく。
「結婚ってね、好きじゃなくても出来るんだよ。優太が天涯孤独になった時、私が一人にしないと言ったの」
親戚がいなかった優太は、本当にひとりぼっちになってしまった。
たった二十四歳で、一人に。
仕事には行っていたけどそれ以外に無頓着になってしまって、特に優太の場合、気分次第で食事しない性格だから、どんどんと痩せてって。
だから無理矢理家に上がり込んで、勝手にご飯作って、一緒に食べたりしてた。
そうしていくうちに、結婚する話になって。
真面目な優太のことだから、うちの親に責任とか取らないといけないとか思ったんだと思う。
好きじゃないくせに、はそうゆう意味だった。
「はぁ……」
目が涙で滲むのは、熱のせい。
恋愛感情が全くない、いわゆる友情結婚というやつだろう。それでも良かったの。信頼関係はあると、そう思っていたから。
『……おかしいニャ。優太が花梨に向ける目は、澪ちゃんが優太を見る目と同じだニャ』
「え? いや、そんなわけ……」
『花梨は、優太に好きとか言ったことあるかニャア?』
「ない、ない、ない! だって、ずっと一緒にいたんだよ! そんなこと今更言えるわけないしぃ!」
熱っていた顔はより熱くなり、頭がクラクラとして枕に顔を埋める。
『それは優太も同じだニャ。今更言えるわけないニャアーって思ってたのに、ポロっと本音が出て逃げたニャア。負けを認めた猫と同じだニャアー』
ニャレニャレと笑ったクロちゃんは、優太は昔から本心を隠して下手な嘘を吐くとニャニャと笑う。
……昔から?
クロちゃんの言葉に一瞬の違和感が出るも今はその真意を聞くことは出来ず、私の頭は別の方面に傾き沸騰してしまっていた。
まさか、優太が? 本当に?
そんなわけないって否定したいのにそうであってほしいとか願ってしまう私が居たりして、頭がグチャグチャになっていく。
「やめてよ、今更! 優太が私を好きじゃないと分かっていたから。過去修正しようと決意したんだよ! そんなこと言われたら……、どうしたら良いか分からなくなるじゃない!」
心臓が痛くなるぐらいにドクドクと鳴り響き、天井がグルグルと回っていると錯覚するぐらいに視界が揺れる。
頭が痛過ぎて、体がフワフワと浮いたように気持ち悪くて、どうやら感情を抑えるリミッターが壊れてしまったようだった。
「ごめん……」
両手で目元を抑え、熱い息を吐く。
また私は、八つ当たりをしてしまった。
大人になっても、死んでも、精神的に落ち着くことなんてないんだね。
『花梨は、あと何年生きるニャ?』
「今、十七歳だったから、十五年かな……?」
高校生だった私は、もう人生の折り返し地点を過ぎていた。そうと分かっていたら、もっと自分の人生に向き合っていたかもしれないな。
『十五年、長いニャア』
「短いよ」
『猫の一生ぐらいの時間だニャアよ』
「あ、ごめんなさい」
そうだったと気付いた私は、唇をキュッと噛み締めていた。
『たぶん、だけどニャ。優太は澪ちゃんに、これからは二人で会えないみたいなことを言ったと思うニャア。澪ちゃんの感じを見て、ピーンと尻尾が立ったニャア。だから花梨、もうダメだと思うニャア。どう過去を修正しても、優太と澪ちゃんが結婚する未来は訪れニャイよ』
「そんな」
『優太は、ああ見えて頑固者だニャ。このまま一人でいそうニャ。澪ちゃんは、自分に気持ちがない相手と結婚する性格かニャア?』
「違うよ。澪は私と違って、自分を持っているから! だから優太と離れる為に、上京したんだしっ! ……あっ、そっか」
『ウニャ。澪ちゃんは、また同じ選択をするニャ。花梨の闘病のために帰ってきても、幼馴染として花梨の側から離れない優太の姿に、自分に気持ちがニャイとハッキリするニャア。……だから、花梨が居なくなった後もムリだニャ』
クロちゃんが話す未来を具体的に想像した時に、私はようやくこの事態の重大さに気付いた。
ま、待って! じゃあ、あの子たちは!
『ウニャ。記憶写真でも、修正不可ニャ』
そんな、そんなことって。
椿、柚花が生まれない未来──。
過去修正により、事態は最悪な展開へと進んでいた。
『優太……』
喪服を着た優太は、細い煙突から出る煙をただ眺めていた。
『花梨……。俺、一人になっちゃったよ』
曲がった背中はあまりにも小さすぎて、優太の隣に立った私はそっと手を握る。
『優太を、一人にしないよ。私が、絶対に……』
握り返された手は大きくて、ゴツゴツしていて。
もう私達は子供ではないと思い知らせる。
私たちが結婚したのは、それから一年が経った頃だった。
「花梨! え、どうしたの?」
「あ、濡れちゃって……」
頭から足先までずぶ濡れで帰ってきた私に、母は怒ることもなくお風呂に入るように言ってくれた。
芯まで冷えた体はなかなか温まらず、悪寒がする中でなんとかご飯を食べるけど、部屋に戻り布団に入る頃には足元がふらついていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
頭がガンガンと痛くて、体と吐き出す息が熱くて、視界まで歪んで見える。
風邪、引いた……よね?
明日、休みで良かったな。
これ以上、過去の自分に迷惑はかけられないと安堵していると、体は既に熱いのに身震いは治らなくて、まだまだ体温は上がってくるのだろうと泣きたくなった。
「……痛い」
喉も、頭も、体の関節までも痛くて、風邪薬を飲みたいけど飲まない。
薬を探しにいけば、お母さんが風邪を引いたのかと聞いてくれて看病してくれるだろう。だから、取りにいかない。
今日は十七歳の私に体を返さないで、とクロちゃんに頼んである。
だって、これは自業自得の結果。私が請け負う責任があることだから。
『好きじゃニャイって、どうゆう意味ニャ?』
脳内に直接声をかけられ、熱により速かった心拍が一瞬止まったように体が縮み上がってしまった。
あ、そっか。クロちゃんは私の心ぐらい読んでるよね?
より顔が熱くなっていくけど頭がクラクラとしていた私は、本音を隠すこともなく自身の羞恥を伝えていく。
「結婚ってね、好きじゃなくても出来るんだよ。優太が天涯孤独になった時、私が一人にしないと言ったの」
親戚がいなかった優太は、本当にひとりぼっちになってしまった。
たった二十四歳で、一人に。
仕事には行っていたけどそれ以外に無頓着になってしまって、特に優太の場合、気分次第で食事しない性格だから、どんどんと痩せてって。
だから無理矢理家に上がり込んで、勝手にご飯作って、一緒に食べたりしてた。
そうしていくうちに、結婚する話になって。
真面目な優太のことだから、うちの親に責任とか取らないといけないとか思ったんだと思う。
好きじゃないくせに、はそうゆう意味だった。
「はぁ……」
目が涙で滲むのは、熱のせい。
恋愛感情が全くない、いわゆる友情結婚というやつだろう。それでも良かったの。信頼関係はあると、そう思っていたから。
『……おかしいニャ。優太が花梨に向ける目は、澪ちゃんが優太を見る目と同じだニャ』
「え? いや、そんなわけ……」
『花梨は、優太に好きとか言ったことあるかニャア?』
「ない、ない、ない! だって、ずっと一緒にいたんだよ! そんなこと今更言えるわけないしぃ!」
熱っていた顔はより熱くなり、頭がクラクラとして枕に顔を埋める。
『それは優太も同じだニャ。今更言えるわけないニャアーって思ってたのに、ポロっと本音が出て逃げたニャア。負けを認めた猫と同じだニャアー』
ニャレニャレと笑ったクロちゃんは、優太は昔から本心を隠して下手な嘘を吐くとニャニャと笑う。
……昔から?
クロちゃんの言葉に一瞬の違和感が出るも今はその真意を聞くことは出来ず、私の頭は別の方面に傾き沸騰してしまっていた。
まさか、優太が? 本当に?
そんなわけないって否定したいのにそうであってほしいとか願ってしまう私が居たりして、頭がグチャグチャになっていく。
「やめてよ、今更! 優太が私を好きじゃないと分かっていたから。過去修正しようと決意したんだよ! そんなこと言われたら……、どうしたら良いか分からなくなるじゃない!」
心臓が痛くなるぐらいにドクドクと鳴り響き、天井がグルグルと回っていると錯覚するぐらいに視界が揺れる。
頭が痛過ぎて、体がフワフワと浮いたように気持ち悪くて、どうやら感情を抑えるリミッターが壊れてしまったようだった。
「ごめん……」
両手で目元を抑え、熱い息を吐く。
また私は、八つ当たりをしてしまった。
大人になっても、死んでも、精神的に落ち着くことなんてないんだね。
『花梨は、あと何年生きるニャ?』
「今、十七歳だったから、十五年かな……?」
高校生だった私は、もう人生の折り返し地点を過ぎていた。そうと分かっていたら、もっと自分の人生に向き合っていたかもしれないな。
『十五年、長いニャア』
「短いよ」
『猫の一生ぐらいの時間だニャアよ』
「あ、ごめんなさい」
そうだったと気付いた私は、唇をキュッと噛み締めていた。
『たぶん、だけどニャ。優太は澪ちゃんに、これからは二人で会えないみたいなことを言ったと思うニャア。澪ちゃんの感じを見て、ピーンと尻尾が立ったニャア。だから花梨、もうダメだと思うニャア。どう過去を修正しても、優太と澪ちゃんが結婚する未来は訪れニャイよ』
「そんな」
『優太は、ああ見えて頑固者だニャ。このまま一人でいそうニャ。澪ちゃんは、自分に気持ちがない相手と結婚する性格かニャア?』
「違うよ。澪は私と違って、自分を持っているから! だから優太と離れる為に、上京したんだしっ! ……あっ、そっか」
『ウニャ。澪ちゃんは、また同じ選択をするニャ。花梨の闘病のために帰ってきても、幼馴染として花梨の側から離れない優太の姿に、自分に気持ちがニャイとハッキリするニャア。……だから、花梨が居なくなった後もムリだニャ』
クロちゃんが話す未来を具体的に想像した時に、私はようやくこの事態の重大さに気付いた。
ま、待って! じゃあ、あの子たちは!
『ウニャ。記憶写真でも、修正不可ニャ』
そんな、そんなことって。
椿、柚花が生まれない未来──。
過去修正により、事態は最悪な展開へと進んでいた。



