さよならの記憶写真館

 あのね、優太。
 今の優太は知らないだろうけど、ショッピングモールに行った帰り、私たち乗り換え間違えちゃったんだよ?
 各駅停車の方に乗らないといけないのを、疲れていたからか快速に乗ってしまった。
 それに気付いたのは止まるはずの最寄り駅を通り過ぎた時で、二駅を飛ばして走っていく車窓からの景色に私たちはただ立ち尽くすことしか出来なかった。
 止まった駅で降りて、なんとか帰ろうとしたけど、そこも大きな駅で案内掲示板見ている間にラッシュの時間になって、混雑して、余計にパニックになって、私は情けないことに何も出来なかったんだ。

 澪と出掛けた日。同じことが起きるのではないかとヒヤヒヤして駅まで見に行ってしまったけど、二人はちゃんと時間通り帰ってきた。 
 しっかり者の澪となら、そうゆう間違いはしないもんね。
 それを見て、思ったんだ。ああ、この過去修正の旅は間違えてなかったなって。
 これから優太は大学に行って気象の勉強をして、気象予報士の資格勉強して航空会社で働くんだよ。
 大学の勉強とか、資格試験の難しさに悩んでて私は頑張れとしか言えなかったけど、澪ならしっかり支えてくれるよ。
 優太が一人になってしまった日。私は横で泣くことしか出来なかったけど、澪なら間違いなく優太の力になってくれるよ。
 結婚生活が始まって、家事と仕事の両立が上手く出来なかった私。優太にいっぱい迷惑かけたよね?
 妊娠して、悪阻で入院して、無事に生まれてくるか分からないって根拠もない不安に取り憑かれていた私の話を、めんどくさがらずにいつも聞いてくれていたね。
 だけど澪なら、「大丈夫」と笑っていたと思うんだ。お母さんみたいに。
 椿が無事に生まれてくれても、今度は寝ないとか、母乳飲まないとか言って、私まで泣いてしまった。そんな私に、仕事で忙しいのに夜は寝かせてくれて、だからなんとか乗り越えられたんだよ。
 椿が一歳過ぎて職場復帰して、やっと落ち着いた頃。柚花の妊娠が分かって、今度は穏やかに子育てをと思っていた時に、あの宣告を受けた。
 何も言えずに黙っている私に、優太は言ってくれた。……私の命の方が大事だって。

 だけど私は、何でそんなことを言うのかと怒った。
 どんな思いで言ってくれたのかも考えずに。
 あんな言葉を言わせてしまった。
 結局、私はわがまま通して、あの日の約束破って、あなたを一人にしてしまった。
 責任を全て、あなたに押し付ける形で。

 だから、だから私は、この過去を修正しに来たの。
 あなたと私が一緒に居ない未来、あなたと澪が共に生きる未来、優太が幸せになる未来にする為に。
 澪は自慢の妹。澪はいきなり仕事、家事、育児をこなしたんだよ。
 どっちが良い母親になるか、明白だよね?

 優太はこれから、悲しい経験を二度するの。……三度目は起こさない。
 それが私に出来ること。だから。

「今までありがとう。澪と仲良くね。……さよなら、優太」
 健康な私で別れを告げる。
 最後にと優太の顔を目に焼き付けて、私は階段に向かって歩いていく。
 これが、この旅の終着点。
 優太と澪が付き合って、私はそんな二人から離れていく。
 おそらく記憶写真の多くは修正され、上手く未来を変えてくれるだろう。
 魂が保てるか分からないけど、もういいの。

 椿、柚花。二人のお母さんは、ちゃんと側にいて成長を見守ってくれるからね。
 病気で死んでしまった叔母ちゃんがいる。だから定期検診を受けないといけない。
 そんな形で私のことを思い出してくれたら、本望だから。
 優太、澪は生きてあなたの側に居てくれるからね。
 だからこそ、あなたの隣に居る女性は私ではありません。
 あなたを一番に想ってくれる、澪と幸せになってください。
 さようなら。

 パシッ。

「ひゃあ!」
 突然、後ろから手首を引っ張られ、グラッと体が揺れる。
 手袋を付けていない私の手は冷たいけど、私の手首に触れる肌は温かい。
 そんなことを考えながら振り返ると、目の前には初めて見る優太の真剣な表情に胸がまたドクンと鳴り響く。

「ちょっと、離してよ……」
 体温が上がるのを悟られないために手を大きく振るも、優太の力は強くて全然離れてくれない。
 改めて優太が男の子だったんだと気付かされると、より体が紅潮していくのを感じる。
 ねえ、やめてよ。そんな顔で見られたら、意志が鈍るじゃない。お願いだから、やめて。

「待ってよ」
 次は泣きそうな顔になって、でも何度も瞬きして必死に我慢しているようで、高鳴っていた心臓はどんどんと締め付けられてくる。
 私はこの顔に弱い。子供の頃から支え合っていた私達は、相手の泣きそうな表情にすごく敏感で、思わずこっちまで泣いてしまって、二人で手を繋いでなぐさめ合っていたから。

「嫌だよ。俺、……そんなの嫌だよ」
 潤んだ瞳に掴まれていない左手を伸ばしてしまいそうになるけど、それを強く握り締めた私は、離してと言いたげに私の手首を掴んでいる優太の手に触れる。

 ダメなんだよ。私じゃ、ダメなの。どっちにしても私は、あなたを一人にしてしまう。
 優太を幸せに出来るのは……。

「……花梨じゃないと、やだよ」
 私じゃないと?
 その言葉の意味が分かっているからこそ、今度は冷たいものが全身に駆け巡ったような痛みが立ち込める。
 ……もう、やめてよ! 優太はどうせ、私のこと好きじゃないくせに!
 苛立ちから、そう声を張り上げようと息を思いっきり吸うと、私が声を出す前に優太が先に呟いた。

「俺、花梨が好きだから!」
 ……えっ?

 私は今、すごく変な顔をしていたと思う。
 怒った顔で息を吸っていて、目なんて見開いて、口なんて大きく開けて、力が抜けた顔なんか間抜けで、吐き出した息と共に変な声とか出てしまって。
 だけど優太はそんな私の顔を見ても笑わず、目を泳がせて、顔なんか真っ赤にして、口をゴニョゴニョさせて、あれほど強く掴んでいた手を離して、走り去ってしまった。

 思わず力が抜けてしまった私は、地面が土だというのにその場にへたり込み、ただ呆然と握られていた右手に左手を添えていた。

 えっ、何? なにが……起きたの?
 私を、好き? そう、言った?

 ゴロゴロと唸る空は、もう少しで雨が降ると知らせてくる。小さい時なら優太が「雨が降るから急ごう」と手を繋いで走ってくれたな。
 とうとう降ってきた雨は一気に雨足が強くなり、ザァーと音を鳴らす。だけど私は祠で雨宿りすることもなく、ただ冬の冷たい雨を浴びながら、一歩も動けないでいた。

 ずるい、ずるいよ。どうして、そんなこと言い出すの?
 私のこと、好きじゃないくせに──。