さよならの記憶写真館

 温かなものが私を包み込んでくれている。
 優太じゃない。なんていうか、全身に、魂全てを包み込んでくれるような、そんな温かさが私を守ってくれている。
 まるであの祠のような、温かな──。

「花梨、大丈夫かニャ?」
「……クロ……ちゃん」
 瞼を開けば、暖色の間接照明に照らされた控え室のソファでまた私は寝ていて、私はまだ確かに存在していた。

「……また、迷惑かけちゃったね」
 支配人さんにも、クロちゃんにも。

「ねえ、椿と柚花はどうなったの?」
 消えてしまったりとかないよね?
 もしそうなら、私はもう、この身を!

「大丈夫だニャ! ちゃんと存在しているんだニャアよ!」
 まだこっちの世界に魂が慣れていかないけど、フラつく体を無理に引っ張って歩き出す。
 過去の世界で生身の体を動かしていたからか、死後の世界である写真館での体は軽すぎて、どうにも歩いている感覚がしない。
 死者のくせに、何言ってるんだろうね。

 クロちゃんが開けてくれたドアの先に行くと、広がる未来へと続く写真。
 家族写真は四人。優太、椿、柚花、そして私が写っていた。

「……ごめんなさい」
 何に対しての「ごめんなさい」なんだろう?
 優太に全てを託して、ごめんなさい。
 母親を変えられなくて、ごめんなさい。
 家族でいることへの、ごめんなさい。
 椿、柚花。二人に対する、別々のごめんなさい。
 こんな私が、母親で。

「花梨、見るニャ」
 そんな気持ちを断ち切ってくれるようにクロちゃんは声をかけてくれて、顔を上げると私は戦慄した。

「ふわあああああっ!」
 多分、人生の中で一番俊敏に動いたのは、この時だったと思う。
 気付けば私は額縁に背中を押しつけて、写真を隠していた。優太と私が抱きしめ合っている写真を。

「花梨と優太は、ホントに結婚してたのかニャ?」
「い、一応ね」
 結婚していようが、三十二歳であろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよぉ!

「まあまあ、よろしいではありませんか?」
 クスクスと笑って部屋に入ってきたのは支配人さんで、また私の魂を呼び戻してくれ、笑っているけど顔色が初めに対面した時より青くなっているような気がした。

「支配人さん、あの……」
「花梨さん、未来は大きく変わりました。写真を見てください」
 手の平を向けられた先には額縁に入った写真が変わらず並んでいて、だけど中身は少しずつ変わっていた。

 子ども国に行った記憶写真は消したはずなのに、桜と一緒に写っていることから、春先に二人で行ったみたい。そういえばイベントが好評だったからと半年後の春にも来たって、優太から聞いたっけ。

 大人になった私たちは変わらず一緒にいて、一緒に暮らしていて、椿が生まれて、柚花が……。あれ?
 優太、笑ってる。私の病気が発覚した後、ずっと苦しそうな顔をしていたのに、遠くの空ばかり見ていたのに、子どもたちや私から目を逸らしてきた優太が、私たちを見て目を細めて笑いかけている。

「ここの写真、全て変わってる?」
 私の病気が発覚してから優太は人が変わったかのように無気力になって、椿の世話は最低限になった。
 母と父が代わりにしてくれたけど、母が体調崩して父が母を世話するようになって。状況を知った澪が帰ってきてくれて、子どもたちの世話をしてくれていて、優太はその姿をただ眺めているだけだった。
 だけど変わった写真には、優太は変わらず椿の育児をしていて、ご飯を作って、おままごとして遊んであげて、髪まで可愛く結っていた。柚花のミルクを飲ませて、オムツを替えて、抱っこしてあやして。寝ている私の頭をそっと触れている写真があった。

「……どうして?」
「推測ですが、不安や辛さを誰かに吐き出されたのではないでしょうか? だからといって問題が解決することはありませんが、一人で抱えるには重すぎることを誰かに話すことで、逃避していた現実と少しずつ向き合うことが出来たのではないでしょうか?」

「……優太」
 額縁の写真を見渡すけど、優太が泣いて澪が背中を摩る写真はなくなっていた。
 だけど、きっと、私が知らないところでは泣いていて、でも一人親として、頑張ろうとしてくれているんだね。

 その優しい笑顔は、泣いている私を抱きしめてくれている顔と同じで、ずっと変わらないものだった。
 ごめんね、私が運命を変えなかったから。
 写真に触れようとして、そんな資格なんかないと指を引っ込めると、湧き上がるのはやはり罪悪感。
 優太、優太。ごめんね、ごめんなさい……。

「優太、幸せそうニャ」
「……え?」
 目の前には、私が優太の家に上がり込んで、台所で料理に悪戦苦闘している写真。
 私はお母さんに甘えっぱなしで料理とか全然出来なくて、だから料理本とか買い込んで必死にご飯作ったんだな。
 火の通りが悪かった煮物、味付けの濃い味噌汁、お米の水加減まで間違えてお粥を作ってしまったこともあったけど、優太は笑って食べてくれた。
 優太に「帰らないで」と言われて一緒に暮らすようになって、別々の部屋で寝てたけど、寝不足になって辛かったなぁ。
 一緒に暮らして半年後で優太の無気力はようやくなくなって、私が家に帰ろうとすると急に結婚する話になって、戸惑ったけど嬉しくて別に私を好きじゃなくてもいいやと思えた。

 優太が私のお腹に手を当てて、笑ってる写真があった。
 あ、いつか分かる。椿の妊娠が分かった時だ。
 すごく喜んでくれたけど、単に子どもが欲しかったんじゃなくて、私との子どもだから喜んでくれていたのかな?

 だけど妊娠中のトラブルが多くて、無事に産まれるか不安だった時、優太はずっと話聞いてくれて、ノンカフェインのコーヒー淹れてくれた。
 逆子だと聞いたら、一緒に体操までしてくれたっけ。

 顔を歪める私の手を握る、同じく険しい表情をする優太。
 陣痛に苦しんでいて、そんな一枚まであった。
 手、絶対痛いよね? 覚えてなかったけど、こんな食い込むぐらいに優太の手握ってたの?

 椿は難産だった。陣痛の波は何度も、何日間もきているのに一向に下りてきてくれなくて、陣痛促進剤使ってもらって、死ぬかと思うぐらいの痛みに悶えても、まだ生まれてきてくれなかった。
 病で苦しんで死んだ私が思うぐらい、出産の痛みも死ぬかと思うぐらいに痛かった。
 定期的にくる陣痛で三日間まともに眠れなかった私は、最後は陣痛の間隔の一、二分の間に寝てて、まさかそんな僅かな間に寝ると思わなかった優太が、私の意識がないって騒いだらしい。
 後で助産師さんから、めちゃくちゃ心配されてましたよと聞いて、声を出して笑ったけど嬉しかったな。

 ねえ、優太。私、すごく幸せだったよ。
 優太はどうだった?
 私、あなたのこと大好きだったよ。
 優太の気持ち、信じていいかな?
 子どもたちを、託していいかな?

 家族四人で写る写真はみんな笑っていて、変えなくて良いんだよと言ってくれたような気がした。