さよならの記憶写真館

「おはよう」
「……うん」
 優太はまるで、私が三学期からはバス通に戻したと知っていたみたいに家の前で待ってくれていて、その横に行くと優太は歩き出した。
 バスに乗るといつものように揺れて、私の体は傾いてしまうけど、それを支えてくれる大きな肩。
 やっぱり、そうだったんだ。いつも窓側に座らせてくれるのも、時折体を寄せてくれたのも。
 修正前の私は全然気付いてなかったなぁ。この優しさに。

「来て」
 朝の挨拶から、家まで帰ってくるまで。行きも帰りも言葉を交わさず、このまま「また明日」で終わるかと思った矢先。横を歩いていた優太が、こちらに顔を向けずに一言呟いた。
 私はそれに返事すら出来なかったけど小さく頷き、同じ小幅で共に歩いていく。
 今の主人格は三十二歳の私で、行きも帰りも何度も話を切り出そうとしていたのに、結局ここまで来てしまった。
 私が、どこまでも臆病だからだ。

 そんな不甲斐ない私が、優太との最後に話すことになる場所なんて分かってる。中学の二年間、ううん、修正後は一年間だったけど、同じ時間を過ごしていたあの祠だろう。
 久しぶりに登る石で出来た階段にノソノソとなると、差し出されるのは優太の大きな手。
 私は優太の妹じゃないと、冷たくなった手をコートの中に入れ、ギュッと握り締める。
 ようやく登り切ったその先は、桜の枝には一枚も葉がなく、草木もなく、空を見上げれば厚い雲が風に流されて速く流れていく。
 中学生の優太なら、「雨が降るから帰ろう」と言ってくれそうなのに、ただそんな空を眺めているだけだった。

「……ごめん。俺、嘘吐いてた。前にさ、日曜日は何してたかって聞いてくれた時に、空を見てたとか言ってたけど、本当は澪とショッピングモールに出掛けててさ、クリスマスも……」
「そんなこと、聞きたくないっ! 楽しかったんでしょう? そうだよね? 澪の前では、あんな大人の顔するぐらいだもんね? ……私と行った時は、あんな顔しなかったくせにぃ!」
「……え?」
 途端に優太の顔が険しくなっていき、真っ直ぐな目で見据えてきて、ようやく私は失言をしてしまったのだと気付き、口元を力強く抑える。
 突然大きな声を出したから? ……違うよね、一緒に行ったこともないのに「私と行った時」と口走ってしまったからだ。
 どうしよう、修正前のことを言ってしまった。
 私が変えてしまった過去。優太が知らない、パラレルワールドの世界。私がなんとしても消したかった、思い出を。

「……あ、いや。と、とにかく私には関係ないから! 誰と付き合うとか。優太のことなんて、どうでも良いし! ……だからもう、私に関わらないで!」
 思わず顔を背けるも私の心臓はドクドクと鳴っていて、思わず優太の方に顔を向けると、瞬きを忘れてしまったのかと思うぐらいの瞳が私を映していた。

「あ、違う……の」
 だけど続きの言葉は出てきてくれなくて、伸ばそうとした手は途中で動かなくなって、喉が乾いていって声すら発せなくなって。

 頭では、どうしてそんな酷いことを言ってしまうの?
謝って! という気持ちと、感情に任せて余計に酷いことをいうかもしれないという迷いがあって。それに加え、下手したら私が過去修正に動いている死人だと気付かれることをまた言ってしまうかもしれないと、口元を硬く結ぶしかなかった。

 だから、もう終わりだ。これで全て。……いや、これで良いんじゃない。だって、そしたら澪と優太は。
 目を閉じ、スウっと息を吸って吐けば、私の大好きだった祠からの風の香りがする。
 最後の場所としてここに来れて良かった。

「大丈夫。優太には、澪がいるじゃない? だから、もう一人じゃないよ」
 瞼を開けば眉を下げた優太がいて、泣きそうな顔をしていて。だからこそ私は目をパッチリと開けて、ニコッと笑いかける。
 あなたの未来を知る者として。