さよならの記憶写真館

「……ふぅ」
 戻れない。もう引き返せない。
 変わってしまうであろう記憶写真をただぼんやりと眺めるとチリンチリンと優しい音がして、振り向くとそこには背筋を伸ばした猫ちゃんがこちらを見据えていた。

「アタイは過去の世界を旅する魂の案内人、クロだニャ。花梨と共に行動し、過去修正をお手伝いする役目だニャ」
 黒猫から放たれる、温かく懐かしい感じ。
 でもそんなはずはないよね? だって猫と面識なんてなかったはずだから。
「クロちゃん、ありがとう。これほど頼もしいことはないよ」
 しゃがみ込み顔を覗くと、やはりどこかで見たことのある顔立ちで、その頭にそっと触れようとしていた。

「一つ話しておきたいニャ。過去の世界に行った生き物は目の前で起こることに心がザワザワとして、気づけば過去修正のタイミングを逃してしまうことがあるニャ。だから『その時』を鈴で鳴らして知らせるのも、アタイの役目だニャ。だから案内猫として問うニャ。花梨は、どの記憶写真を修正するニャ?
 背筋を伸ばしたその顔付きは気高い猫の風貌を出していて、私はそっと手を引っ込める。

「そうだね。しっかり、考えないと」
 だって、過去修正は一度だけのチャンスなんだから。

 記憶写真を何度も巡り、行き着いた答えはやはり一つだった。
 そこにはブカブカの学生服に身を包んだ中学生の男子に、セーラー服姿の女子が肩を並べて茜色の夕陽に照らされている写真。
「この日ね、すごく辛いことがあって家に帰れなくなったの。でも、私が居なくなったと聞いた夫が、ここじゃないかって探しに来てくれた。嬉しかったな、ずっと関わりなかったのに探してくれて。ここに居ると分かってくれていて。……私、一人じゃないんだって」

 あの日の夕陽はハッキリ覚えていて、中学二年生の初夏、柔らかな風に若葉が揺れて、茜色の夕陽が温かく照らしてくれて、隣にはあの人がいてくれて。
 そんな、キラキラと輝いた木漏れ日のような思い出。

 だけど、この日。夫と再会しなければ私たちの関係が戻ることはなかった。
 そうなれば元々仲が良かった同級生の澪と夫が、同じ時間を共にするようになっていただろう。
 だから私は、この記憶写真を修正する。

「お待たせしました。こちらへ」
 戻ってきたマスターさんにより案内されたのは、部屋の真ん中である撮影場所。設備された赤い椅子に腰を掛けるように促してくる。

「このカメラのフラッシュにより、花梨さんを過去の世界へお連れします」
「はい……」
 目の前には三脚で固定された支配人さんの顔より大きなカメラ機材で、本格的なものだと素人の私にも分かる。
 椅子にそっと体を預けると、柔らかく座り心地が良いのにも関わらず、どうにも体が浮いたように足底が落ち着いてくれない。

「では、行ってらっしゃいませ。良い旅を──」

 パシャッ。
 全身を包み込むような大きく眩いフラッシュの光に、まるで取り込まれていくように意識が吸い込まれていく。
 頭の中で巡る、私の人生。それはどんどんと古い記憶へと戻っていく。

 こうして始まった、過去修正を目指した手探りの模索。未練を抱えた、哀れな魂の彷徨い。
 そして三十二年間の人生を否定する、虚無の旅が。