さよならの記憶写真館

 あれは高校二年生の夏休み、一週間前のことだった。
 菜穂と一緒に行こうと約束していた、絵画展に行けなくなったこと。
 これが、全ての始まりだった。

 六時前だというのに強い日差しに頭がクラクラとしていると、優太がしゃがむように声をかけてくれて、大きな影が守ってくれた。
 珍しくバスが遅れて二十分。屋根のないバス停により直射日光を浴び続けてしまったことにより誘発してしまったことなんだけど、なんとか座席に腰を下ろし、冷房の風に当たると、次第に目眩は落ち着いていった。

『大丈夫か?』
『……ごめんね。最近は、だいぶ落ち着いてきているから』
 バスを降りる頃にはすっかり良くなっていて、だからこそ私の体質の話なんかどうでもよく、バス停前で話していた夏休みの部活予定について話を戻していく。
 美術部は週二回で、天体部は週三回で曜日はバラバラ。登校日は学年によって分けてあって、一つ差の私達は別日となっている。
 つまりそれは、夏休み中は会う理由がないということ。
 週一ぐらい合わないかと思っていたけど、まさか全然合わないと思っていなくて、
部の予定を聞いた途端に頭が痛くなってしまった。
 どこまでも弱い自分に心の中で溜息を吐くと、優太は話を変えようとしてくれたのか、私にとって楽しい話をふってくれた。

『そういえばさ、絵画展って七月までだって言ってたよね? いつ行く、予定なの?』
『あー、それがねぇ、菜穂に用事が出来たから……』
 せっかく優太が空気変えようとしてくれたのに、私はまた重い答えを返してしまう。
 澪だったら相手を困らせないように返すのだろうけど、私は本当になんというか。

『えっ、じゃあ、どうすんの? 一人……とか?』
『あ、うーん。まあ、今回はいいかなーって』
 また下手に笑うと優太は黙ってしまって、沈黙が続く帰り道だった。
 いつもより帰りが遅くなったから足取りも速くなり、気付けば家の前に着いていた。

『それじゃあ、来週』
『……あ、うん』
 どこまでも歯切れが悪い優太に小さく手を振り、家に入っていく。
 また気を遣わせてしまった。私って、どうしていつもこうなのだろう。
「これから決めるんだー」の一言で、済んだ話なのに。

 そう落ち込んでいた私だったけど、そこで嘘を吐かなかったからこそ、この先の未来に繋がっていった。



 週明けの月曜日。いつものようにバス停で会うも、私たちはどこまでもモジモジとしていて、目が合ったかと思えば逸らして、ただバスに乗り込む。

『あ、あのさぁ……』
『何?』
『……いや、何でも、ないから……』
 そんなやり取りをしている間に学校に着き、学年が違う私達は階段で別れる。一年生の優太は四階、二年生の私は三階へと。

 部活が終わって、定刻通りに来たバスに乗って揺られると、また定刻通りにいつものバス停に戻ってくる。
 バスを降りて、並んで歩くと大通りから田舎道に抜けていって、祠に続く石段が見えてくる。
 いつもみたいに、その先を見上げてまた視線を前に戻すと、いつもと違うことが起きた。優太が、突然立ち止まった。

『……どうしたの? 具合、悪い?』
 優太の顔を覗き込むと、その唇は震えていて、背が低い私には、俯いていてもハッキリその顔が見えてしまった。

『あ……のさ、花梨。良かったら、なんだけどさぁ……。俺と、行かない? 絵画展』
『え?』
 パッチリと合ってしまった目を逸らすことなく、私はただその瞳を見入ってしまった。

『良かったら、だから……』
 頬を指で掻く仕草は健在で、すごく照れているのだと伝わってくる。だから、だからこそ。

『あ……、私ね。乗り換えとか、分からなくて』
 嘘で塗り固めることなく、ただ事実を伝える。
 誠実に対応してくれる人に、曖昧にはぐらかすことなんか出来なくて。だけどそれを口にした途端に、夕日に焼かれたようにカァッと全身が熱くなっていく。

 高校生の私は、澪や菜穂のように電車に乗って友達と遊びに行った経験がなく、菜穂とはバスで行ける雑貨店や地域のお祭りとかしか、行ったことがなかった。

 私たちが暮らしている田舎の駅は、三番線までしかないシンプルで分かりやすい構造。だけど美術展が開催される地方都市に行こうとしたら途中で大きい駅での乗り換えがあって、無事に到着しても出口は一つではないみたいだし、とにかくハードルが高かった。

 菜穂は私が親以外と電車に乗ったことがないと知ると、バカにすることもなく、乗り換えを教えてくれると話してくれた。だからこそ、あそこまで謝ってくれていた。
 でもさ、もう高校生なんだから、それぐらい一人で出来るよね?
 だけど私は、初めての場所に電車に乗っていくのが怖くて諦めてしまった。

『大丈夫。……調べた、から。多分、行けるから』
 ただ、嬉しかった。私の考え分かってくれているんだって。そんな情けない理由で調べもせずに諦めていたのに、優太は考えてくれて。

『ありがとう、一緒に行ってくれる? ……ショッピングモールだし、優太も行きたいところ決めてね?』
『うん……』
 伸びる影をただ見つめて歩いた、帰り道。
 淋しいと思っていた夏休みが、彩り始めた。