さよならの記憶写真館

『……かり、ん……、花梨!』
「ふわあっ!」
 私を呼ぶ声がした瞬間、グラッと体がフラつく。気付けば膝から地面に倒れていた。

「いたたた……」
 手を付いたのは乾いた地面で、受け身を取った膝はジンジンと痛く、これは生きている時と同じ感覚だった。

 えっ? あ、れ?
 白昼夢のように過去を思い返していた三十二歳の私は、突然感じた体の重みに座位が保てず、膝から倒れてしまったようだ。
 ヒュゥゥゥと吹き付ける風は冷たくて強く、冬の訪れを久しぶりに体感させてくる。
 ここはいつもの祠で、私はいつもみたいに部活帰りに寄って。
 ……いや、待って。私の方が主人格になってる。
 これって……?

『花梨! た、大変だニャア! 優太の気配がするニャ!』
 えっ!
 一瞬、何が起きているのかとパニックになったけど、ここは過去の世界。そうだ、みんな思い思いに生きているんだ。
 本来の目的を忘れてた! 過去修正は優太の人生に迷惑をかけないためだった! 優太の人生を邪魔するわけには!
 そうは言っても、この小山に繋がる階段は一つしかなく、降りようとしたら優太と鉢合わせしてしまう。
 だから向かった先は、祠の裏だった。隠れたらやり過ごせ……。

「ひゃあ!」
 足がもつれたかと思えば、脳内中にゴンっという鈍い音がして、大きく揺れたような気がした。
 どこまでも鈍臭い私は焦る気持ちに体が付いていかずバランスを崩し転けた上に、手を付くことすら出来ず右頬を地面に打ち付けてしまい、頭の中が真っ白になってしまった。

「だ、大丈夫ですか!」
 その声で目を開けるも、視界がぼやけていて安定しない。
 懐かしい声。
 そんなことを思い起こしながら、ぼやけていた視界が開けてきて目が合うと、そこに居た人はまだあどけない顔をしていた。
 
「……花梨?」
「……え、あっ……」
 しまった、優太だ!
 顔は頬骨が折れたんじゃないかと思うぐらいに激しい痛みで、視界はまだ完成にはハッキリしてなくて、目眩がするけどそんなことどうでもいい。
 どうしよう。もう顔を合わせてしまったし、優太は私を認識してしまっている。
 これが、因果になってしまったかもしれない。

「ありがとう……。ははっ」
 大丈夫、落ち着いて。「じゃあ、また」って離れていけば良いんだから。それぐらい出来るでしょう?

「……あっ」
 漏れた声と共に、伸びてきた指先は真っ直ぐにこちらに向かってきて、私の髪をそっと触れた。

「いやっ!」
 そんな手を強く跳ね除けた私は、まだ視界が揺れる中、石段を下っていく。
 まもなく日が暮れる黄昏時、その光りを浴びながら。

 何しているの私? ねえ、何しているの?
 引き返して! 叩いてごめんって謝りに行って!
 どうして拒絶しちゃったの?

 今の主人格は三十二歳の私自身なのに体は思う通りに動いてくれず、ひたすらに優太から離れようと走り抜けていく。

 誰も居ない田舎道。もう足が限界で立ち止まり、ゼェゼェと息が切れしゃがみ込んでしまう。
 触れられた髪に触れると、心拍数がより上がったような気がして、ただ目を強く閉じることしか出来なかった。

 ……だから、関わらないようにしていたのに。
 頬に触れるとやはり顔面は熱く、目が潤んでいて、吐き出す息が苦しい。それは、走ってきたからだけではない。
 やっぱり私は優太のことが……。
 はぁぁぁっと力なくその場にしゃがみ込むと、背後から影が近付いてきて、ピタッと止まった。

「……ごめん」
 私の足元に学生鞄を置いた優太は、夕陽と共に住宅街へと消えていった。

 待って。何で、優太が謝るの? 違う、違うよ。
 擦りむいた顔の傷を、見ようとしてくれただけなんだよね? 髪が邪魔だったから、どけようとしただけなんだよね?
 私、分かってるから。
 ……そうだよ。分かってるよ。
 優太にとってそれは意味のないことで、子どもの頃の延長で、……私を好きとか、そうゆうことじゃないって。
 なのに私が勝手に意識して、拒絶して、……バカみたい。

 でも、これで良かったのかもしれないね。
 完全に、因果は消え去っただろうから。