さよならの記憶写真館

 優太との因果を断ち切るために中学二年生の時期に留まっているけど、続いていくのは由衣の嫌がらせみたいなことだった。

「ねえ、髪いつになったら切んのぉ?」
「……あ、美容院混んでて」
「早くしなよ、ただでさえヌボーってしてんだから!」
 誰もいない美術準備室であることをいいことに、由衣はバカにしたようにパチパチ叩いて笑っていた。
 髪を切る話になったのは些細なことで、クラスの男子たちが教室で話をしていて、好きな女子のタイプはストレートヘアだと盛り上がっていたことだった。
 確かに私の髪型は胸下までのストレートだけど、別に男子たちは私を名出ししたわけでもなく、元より眼中にないだろう。
 大体、男子たちにとってもただの世間話で深い意味なく、そんな女子、クラスを見渡せば何人もいるのに。
 なのにその話が聞こえてきた途端、由衣は私の長い髪を手で解いてきたかと思えば、「ダメージ酷いよね?」、「妹ちゃんみたいにベリーショートにしたら、ちょっとはマシになるんじゃない?」、「まあ何がとかは、言わないけどっ」て耳元で囁いてきた。
 全てに言いなりだった私も、さすがにそれに関しては渋りのらりくらりと誤魔化していたら、いつも間にか私も髪を切りたいと言っているようになってしまった。
 そんなこと一度も言ったことないし、むしろ……。

「えー、それはないわー!」
 放課後、いつも部活に行こうと誘ってくる由衣がいないから、まさかと思って美術室に走ったら、開いた室内よりそんな声が響き渡った。
 遅かった、と思いながら部室に入ると、一斉に浴びる美術部員からの視線。
 ……今度は、何を言われたんだろう。
 見当もつかない私はみんなと離れて座ろうとするけど、やはりそれは由衣が許してくれなかった。
「私は、全然気にしてないから!」
 そう肩を叩かれるけど、絡めてくる指に私の髪が時折引っかかり、不快な痛みが走る。

「……切るしかないかぁ」
 いつもの場所で夕陽を眺めていた私は、風で靡く髪を指で伸ばし、パッと離す。
 ずっと落ち着いていた、みんなを巻き込んでの嫌がらせがまた始まった。
 理由は簡単、私が由衣の言うことを聞かないからだ。
 髪を切るように言われて、そうしないから。

 コンクールに出す作品だって言われた通りに描いてるし、学校の係だって、球技大会の参加種目だって、文化祭の役割だって、全て由衣の言う通りにしているじゃない?
 だから髪ぐらい、切っても良いじゃない。
 円満な学校生活を送る為なんだから。

 秋の日は短く、湖に吸い込まれていくように消えていく夕陽に膝を抱えて、ただ俯く。
 だってそうしないと、私は生きていけないんだから。


 ──そう思ってる、十四歳の私へ。どうしてもあなたに伝えたい言葉があります。
 由衣とは、三年生になったらクラスは離れます。変わらず一人でしたが、ちゃんと登校していました。
 今がいっぱいいっぱいで忘れているかもしれませんが、部活は一学期で引退と決まっています。
 あなたがこの先、自分を信じて描いた作品がコンクールで受賞するんだよ。それが自信になって、将来の進路を決めました。
 今のあなたは、みんなの視線を常に気にしていますが、三年生の秋頃になれば受験勉強で必死で、私のことなんか誰も気にしなくなります。
 なのにあなたは、「今」だけの為に髪を切るのですか?
 オシャレに無頓着なあなたが、唯一ケアしていた大切なものをですか?
 どうして伸ばしていたのか、大切にしていたのかを、もう一度思い返してください。
 ……って。この状態に追い込んだ、三十二歳の私に言われたくないでしょうが……。

 最後にもう一つ、言わせてください。
 髪は、また伸びると思ってますね? 確かに伸びます。
 でもね、信じられないと思うけど、この髪なくなるんだよ。
 今から、十五年後に……。