さよならの記憶写真館 (1話から長編大賞)

 生まれたてと思われる赤ちゃんの私が母に抱かれているものから始まり、二歳頃の私と、乳児の妹と、もう一人の赤ちゃんと対面している写真へと続いていく。

「この赤ちゃん、誰ニャ?」
「……ああ。家が隣だった幼馴染の子で……。夫、かな?」
 母親同士が仲良くなり、私達三人は兄弟みたいに育てられた。

 学齢期に入った途端に写真の枚数は明らかに減り、三人で遊んでいるのはおそらく低学年ぐらいの三枚だけ。
 一つ年上の私に、同級生だった妹と夫。
 たった一年、されど一年。その距離感はどんどんと広がっていき、ここに飾られている写真の年数のように心の距離はどんどんと広がっていった。

 そんな思いを払おうと中央の壁に目を向けると、そこには紺のセーラー服に身を包んだ中学生の私。
 胸が抉られるような激しい痛みに反射的に目を逸らすと、次はブレザーに変わっていた。気を許した幼馴染と共に高校生に通学している自分の姿に、悪い人生じゃなかったと言い聞かせていた。

 高校卒業して家からデザイナー育成学校に通っていた私と、同じく地元の短大で地学の勉強をしていた夫は、それからも隣人としてよく顔を合わせていた。
 その一方で高校を卒業した妹は、美容専門学校に通う為と上京していった。

 デザイン事務所に勤めて六年が経ち、二十六歳で結婚。
 三年後に第一子に恵まれ、その二年後。
 娘が少しずつ物事を理解出来る二歳前。小さな手は私のお腹に当たっていてにこやかで、それを後ろから眺めている夫も同じ笑顔だった。
 第二子の妊娠が判明した。

「本当に嬉しくって、夫も喜んでくれて。娘に赤ちゃんが生まれるんだよって話すと、赤ちゃんのお世話するって張り切ってて。本当に幸せだったな」
 ……この時までは。

 それ以降の写真には夫の笑顔が消え、私は妊婦だというのにどんどんと痩せていった。
 第二子は帝王切開での出産となり、私はもう子どもが産めない体になった。
 生きる為だから仕方がない。何度自分にそう言い聞かせても、あの時の苦しみは今も残っていて、空っぽの下腹部に手を当てる。

 出産と同時に始まった過酷な治療。入院治療だったから娘二人と一緒に暮らせず、副作用で一日中嘔吐に苦しんだ。
 母は私が苦しむ姿に病んでしまって体を壊し、父が世話をすることになった。
 そこで全てを担ってくれたのは、上京した妹だった。
 私の病気を聞いて、十年働いた美容室を辞めて帰ってきてくれた。
 新たな仕事と両立させながらの二人の子どもの世話、母の世話をする父の手伝い、夫の精神的なケア。入退院を繰り返す私の世話までしてくれて、いっぱいいっぱいだっただろう。
 そんな生活になって二年。ようやく妹の負担を一つ減らせることが出来た。
 私が、人生の幕を下ろしたことによって。

「ふぅ……」
 瞼をゆっくり閉じると、焼きつくのは妹の姿。
 現在、三十一歳。いつか自分の美容室を持つことを夢に上京して、厳しい職種だと言われる美容業界で十年も修行を積んできたのに、私のせいで夢を叶えるどころではないだろう。
 その他にも人生を決める大切な時期なのに、これじゃあ身動きなんて取れないよね。

「ありがとう、猫ちゃん。私の思い出話を聞いてくれて……。喋れる動物が居て、こんな人生を表す写真があるということは、ここは死後の世界なんだよね?」
 その問いに返すようにキィィとドアが開く音がすれば、目の前には白いブラウスに黒のジョッキ、同色のズボン、ネクタイ姿の父ぐらいの年配な男性が姿勢良く佇んでいた。