期末テストが終わった七月上旬。
祠前に座る十四歳の私は、入道雲が広がる空をただ見上げていた。
──なんだ、人間関係ってこんな簡単だったんだ。
あまりにも醒めた心の声に、「そうだね」と返していた。
本当、人間関係はこんなつまらないものだったんだ。
過去の私も言いなりになれば良かったんだね。そしたら、あんな苦労しなくて済んだのに。
中学二年生の初夏。あの日美術室から逃げ出した、十四歳だった私。
家族の理解があって学校には通えていたけど部活は怖くて行けなくなり、由衣との関わりも断つようになった。
すると、「逃げるなんてマジで性格悪い」と二年生の部員内で噂され、由衣は私が避けているのに必要に話しかけてくる。
それを見ていたクラスの子たちは由衣に同情的になり、私はクラス内でも陰口の対象となった。
極めつけには。
『盗作のこと、美術部の子たちに相談したの、まだ怒ってる? ごめん、もう言わないからさ! だから、ムシしないで! 私が悪かったからさぁ……』
昼休みの教室で、泣きそうな声で言われた。
途端に静まり返る教室内に、クラスの子たちの刺さる視線。説明口調で私に謝ってくる由衣の発言から、何があったのかは筒抜けで、私はクラスでも軽蔑される対象となっていった。
『はぁぁぁ』
祠前で膝を抱えて俯いていると、その横に黙って座るのは優太で、二人でただ夕陽を眺めていた。
空とカメラが好きな優太は写真部で、絶景を探していたらしい。
だから別に会うことを約束したわけではなかったし、年頃ゆえなのか昔みたいに上手く話せなくって、ほとんど会話なんてなかった。
だけど何も話さなくても、一緒にいて疲れない人。
この時間は私にとって、息をめいいっぱい吸い込むために必要なひとときだった。
『……私、頑張るね』
何があったかは話せなかったけど、優太に心からそう話せたのは、会って四回目のことだった。
闘うと決めれたのも、優太のおかげだった。
だけどそれは、茨の道だった。
『私は次のコンクールで、茜色の夕陽を描きます』
部活が始まる前の、雑談で賑やかな美術室。
前方に立った十四歳の私は、スケッチブックを掲げて絵の構成を部員の前で宣言した。
『何、あれー』
『ウケるし!』
『被害者アピール、やめてくんない?』
それらの声を背中に聞きながら準備室の方に閉じこもり、水筒のお茶を乾いていた喉に流し込む。
『……はぁ』
呼吸が速いのは、お茶を一気に飲んだから。
心臓がバクバク鳴っているのは、走ったから。
そう自分に言い訳しながら、目を閉じて呼吸を整え、落ち着いたところで真っ白なキャンパスに向き合う。
やったのは自衛。先に何を描くかを部員の前で宣言し、後で構想を盗ったと言われない為に予防線を張るようにした。
それにより、私はようやく描けるようになった。
由衣は私と関わろうとしてくるけど私はとことん避け続けていて、時折向き合って話すこともあった。
『心当たりあるよね?』
『友達、貶めてくる人とは仲良く出来ないよ?』
『そんなことされたら、相手がどんな気持ちになるか分かるよね?』
何度話しても由衣は何が悪いのかが本当に分からないみたいで、感情で訴えても分からない人がいるのだと酷く落胆したのを覚えている。
……だから感情は捨て、端的に話した。
携帯の写真機能には、撮影日と作成日が情報として残る。カメラ機能で撮った写真は両方とも同日同時間に、転送した写メの作成日は転送した時間になる仕様だと話した。
優太と由衣の機種がたまたま同じで、携帯を借りて試したから間違いない。
つまり私の携帯に残っている写メをみんなに見せたら、私が自分で撮影した夕陽の写真だと証明出来る。少なくても、由衣の写メを盗られたの主張は通らないって。
初めはバカにしたように笑っていたけど、途中で状況に気付いたみたいで私の携帯を奪おうとしてきたけど、信頼がおける人にデータの写メを預けていると話したら、離れていった。
中学二年生の、夏の始まり頃だった。
だけど闘った先にあったのは、物語みたいなハッピーエンドじゃなかった。
由衣が十一月に入部してくるまで、美術部の子たちとは日常会話できるぐらいの関係だった。
由衣と仲良くなっても別に変わりなかったのに、年明けぐらいから美術部の子たちと話すことはなくなっていき、正直避けられているなと感じることはあった。
きっと変なことをして怒らせてしまったのだろう、そう思うと怖くて、話しかけようとも謝ろうともしなかった。
だけど、今回の盗作疑惑でやっと理由が分かった。…
みんなも先生も「また」と言っていた。
由衣が事前に言ってたんだ。私に構想、盗られたって。
おそらく十二月頃、私が由衣を怒らせた時に。
大人になって思うことは、この世は声が大きい方の勝ちという現実。
人脈を作った方が正義で、根回し出来るかで決まる世界。
人間関係は陣取り合戦とどこかで聞いたことがあったけど、どこか納得だった。
だってさ、真面目に頑張ってきても、誰も私を信じてくれなかったじゃない。
裏でコツコツ頑張っても、当たり前だけど誰も評価なんかしてくれなかった。
神様は見てくれていると信じたこともあったけど、じゃあなんで病気になってしまったのかとか、意味分からないし。
大切なのは、頑張りをいかにアピール出来るか。
周りをいかに味方につけるか。
そこを疎かにした私は、いざという時に助けてもらえる存在ではなく、コミュニティの敵となってしまう。
そのことに気付かなかった、自分が悪いのだから。
だから、これでいい。いい加減、物事というものを理解しなよ、三十二歳の私。
十四歳の私の方が、よっぽど大人じゃない?
平坦な人生を送りたいなら、時には我慢しないといけないことだってあるんだから。
祠前に座る十四歳の私は、入道雲が広がる空をただ見上げていた。
──なんだ、人間関係ってこんな簡単だったんだ。
あまりにも醒めた心の声に、「そうだね」と返していた。
本当、人間関係はこんなつまらないものだったんだ。
過去の私も言いなりになれば良かったんだね。そしたら、あんな苦労しなくて済んだのに。
中学二年生の初夏。あの日美術室から逃げ出した、十四歳だった私。
家族の理解があって学校には通えていたけど部活は怖くて行けなくなり、由衣との関わりも断つようになった。
すると、「逃げるなんてマジで性格悪い」と二年生の部員内で噂され、由衣は私が避けているのに必要に話しかけてくる。
それを見ていたクラスの子たちは由衣に同情的になり、私はクラス内でも陰口の対象となった。
極めつけには。
『盗作のこと、美術部の子たちに相談したの、まだ怒ってる? ごめん、もう言わないからさ! だから、ムシしないで! 私が悪かったからさぁ……』
昼休みの教室で、泣きそうな声で言われた。
途端に静まり返る教室内に、クラスの子たちの刺さる視線。説明口調で私に謝ってくる由衣の発言から、何があったのかは筒抜けで、私はクラスでも軽蔑される対象となっていった。
『はぁぁぁ』
祠前で膝を抱えて俯いていると、その横に黙って座るのは優太で、二人でただ夕陽を眺めていた。
空とカメラが好きな優太は写真部で、絶景を探していたらしい。
だから別に会うことを約束したわけではなかったし、年頃ゆえなのか昔みたいに上手く話せなくって、ほとんど会話なんてなかった。
だけど何も話さなくても、一緒にいて疲れない人。
この時間は私にとって、息をめいいっぱい吸い込むために必要なひとときだった。
『……私、頑張るね』
何があったかは話せなかったけど、優太に心からそう話せたのは、会って四回目のことだった。
闘うと決めれたのも、優太のおかげだった。
だけどそれは、茨の道だった。
『私は次のコンクールで、茜色の夕陽を描きます』
部活が始まる前の、雑談で賑やかな美術室。
前方に立った十四歳の私は、スケッチブックを掲げて絵の構成を部員の前で宣言した。
『何、あれー』
『ウケるし!』
『被害者アピール、やめてくんない?』
それらの声を背中に聞きながら準備室の方に閉じこもり、水筒のお茶を乾いていた喉に流し込む。
『……はぁ』
呼吸が速いのは、お茶を一気に飲んだから。
心臓がバクバク鳴っているのは、走ったから。
そう自分に言い訳しながら、目を閉じて呼吸を整え、落ち着いたところで真っ白なキャンパスに向き合う。
やったのは自衛。先に何を描くかを部員の前で宣言し、後で構想を盗ったと言われない為に予防線を張るようにした。
それにより、私はようやく描けるようになった。
由衣は私と関わろうとしてくるけど私はとことん避け続けていて、時折向き合って話すこともあった。
『心当たりあるよね?』
『友達、貶めてくる人とは仲良く出来ないよ?』
『そんなことされたら、相手がどんな気持ちになるか分かるよね?』
何度話しても由衣は何が悪いのかが本当に分からないみたいで、感情で訴えても分からない人がいるのだと酷く落胆したのを覚えている。
……だから感情は捨て、端的に話した。
携帯の写真機能には、撮影日と作成日が情報として残る。カメラ機能で撮った写真は両方とも同日同時間に、転送した写メの作成日は転送した時間になる仕様だと話した。
優太と由衣の機種がたまたま同じで、携帯を借りて試したから間違いない。
つまり私の携帯に残っている写メをみんなに見せたら、私が自分で撮影した夕陽の写真だと証明出来る。少なくても、由衣の写メを盗られたの主張は通らないって。
初めはバカにしたように笑っていたけど、途中で状況に気付いたみたいで私の携帯を奪おうとしてきたけど、信頼がおける人にデータの写メを預けていると話したら、離れていった。
中学二年生の、夏の始まり頃だった。
だけど闘った先にあったのは、物語みたいなハッピーエンドじゃなかった。
由衣が十一月に入部してくるまで、美術部の子たちとは日常会話できるぐらいの関係だった。
由衣と仲良くなっても別に変わりなかったのに、年明けぐらいから美術部の子たちと話すことはなくなっていき、正直避けられているなと感じることはあった。
きっと変なことをして怒らせてしまったのだろう、そう思うと怖くて、話しかけようとも謝ろうともしなかった。
だけど、今回の盗作疑惑でやっと理由が分かった。…
みんなも先生も「また」と言っていた。
由衣が事前に言ってたんだ。私に構想、盗られたって。
おそらく十二月頃、私が由衣を怒らせた時に。
大人になって思うことは、この世は声が大きい方の勝ちという現実。
人脈を作った方が正義で、根回し出来るかで決まる世界。
人間関係は陣取り合戦とどこかで聞いたことがあったけど、どこか納得だった。
だってさ、真面目に頑張ってきても、誰も私を信じてくれなかったじゃない。
裏でコツコツ頑張っても、当たり前だけど誰も評価なんかしてくれなかった。
神様は見てくれていると信じたこともあったけど、じゃあなんで病気になってしまったのかとか、意味分からないし。
大切なのは、頑張りをいかにアピール出来るか。
周りをいかに味方につけるか。
そこを疎かにした私は、いざという時に助けてもらえる存在ではなく、コミュニティの敵となってしまう。
そのことに気付かなかった、自分が悪いのだから。
だから、これでいい。いい加減、物事というものを理解しなよ、三十二歳の私。
十四歳の私の方が、よっぽど大人じゃない?
平坦な人生を送りたいなら、時には我慢しないといけないことだってあるんだから。



