さよならの記憶写真館

 みんなが帰った後の美術室。いつもの準備室で気持ちを落ち着かせていると、由衣がクスクスと笑いながら部屋に入ってきた。みんなと帰ったはずなのに、わざわざ戻ってきた行動力に、ただ力無く溜息が漏れる。
「花梨さぁ、そんなんでコンクールとか間に合うの?」
「出来るよ、まだ時間あるし」
 目を鋭くし、強い目力で睨みつける。
 今出来る、僅かながのやり返し。
 返す言葉は、あの頃より強くなったかもしれない。

「って言うかさー、花梨の人生ってもうとっくに詰んでるしー。私なら、一回死んで人生やり直すレベルだわー!」
 ハハハッと手をパチパチと叩いたかと思えば、準備室か
ら出て行った。
 
 グラッと揺れたような景色を戻そうと瞬きを繰り返し、久しぶりに地毛をギュッと握りしめる。
 あの日、逃げて良かったな……。じゃなかったら、ここまで言われていたよ。
「というか、逆にすごいなぁ。友達にそこまで言う?」
 思わず出た言葉はあまりにも重く、声なんか裏返ってしまって鼻を啜る。
 はぁぁぁ……と溢した溜息と共に、余計なものまで落ちてしまいそうで、窓から見える茜色の夕陽に顔を向ける。

 当時はそうゆう概念も言葉もなかったけど、今なら分かる。
 由衣はおそらく、フレネミーってやつだ。

 自分より格下だと認定した相手に友達になろうと近付いて、言葉や態度で言いなりにさせる。相手が拒否の姿勢をみせてきたら、周りを味方にして孤立させる。
 こうやって相手、……私が逆らえないようにもっていくんだ。

 これに気付いたのは大人になってからで、中学の時に起きたことは全て仕組まれていたんだとようやく理解出来て、やっと長年の呪縛から解き放たれたような気がしたな。
 こっちの意思を尊重してくれない相手とは離れるべき。
 その言葉に、あの時の判断は間違っていなかったのだと救われた。

 だけど、当時の私は自分が悪いと毎日悩んでて、中学生の頃の悪夢なんて何度見てきただろう?
 大人になっても、子どもを産んでも、命を賭けた闘病中でも。過去のこととして忘れることは出来ず、その夢は私を蝕んでいた。
 死んでしまった、今でも。

 フレネミーの何が一番怖いかというと、目的の為に手段を選ばないという合理的な理由があるわけではなく、ただ相手を困らせて笑うという短絡的な考えから行動していることだ。
 だから、終わりがくる時は二つしかない。
 離れるか、……潰されるか。


 帰り道。重い足取りで田舎道を歩くと、私の足は自然と祠に続く石段の前で止まっていた。
 空を見上げれば茜色の夕陽が広がっていて、どこかで見たことがあると思ったら、そうだ、この景色だと自分の中で腑に落ち思わず立ち尽くしてしまった。
 ふわっと柔らかな風が吹くと「少し休んでいっていいんだよ」と背中を押してくれたような気がして、私の足は石段に向かっていった。

 ……って、何してるの? 違う、違うでしょう。
 少し歪な石段にどこまでも懐かしさが滲む中、私は思いを跳ね除けるように、ただ駆け出した。

 この日、美術室から飛び出した私は家に帰れなくなって祠の前で膝を抱えて俯いてたところ、探しに来てくれた優太に声を掛けられて再会した。
 このまま帰らなかったらお母さんが心配して騒ぎになって、同じことを反復するだけじゃない。
 それじゃあ、何の為に戻ってきたかが分からなくなる。何の為に、十四歳の私を苦しめたかも。

 中学生の頃の玄関ドアはまだそこまで劣化が進んでおらず、金属が擦れる音がしないことをいいことにお母さんがいるリビングに行かず二階の自室に向かっていく。
 ドアを開けると木製のタンスに、絵の描き方についての本が入った三段ラックに、淡いピンクのシーツを張ったベッド。うさぎのキャラクター小物ばかりが置いてある、とても中学生とは思えない部屋の中。
 そんな過去の自分に余計に溜息が出てくるが、無気力は私は制服のままベッドに身を預けて、目を強く閉じていた。